第96話:なに送ったらいい?
船はどうやら
異世界人がひとり足早に近づいてきた。地面にへばりついたままの私に、大声でなにか言っている。
うーん、そんなに叫んだって、意味わかりませんって……とか思っていると、いきなり右腕をグイッと引っ張り上げられた。
ああ、立てってことか。あつかい荒いな!
でも、おかげでようやく、身体がまた動くようになっていることに気づいた。マテ君、ジャコちゃん、ぽわ
照りつける太陽のせいで、とても暑い。湖の底なんだから、ちょっとは涼しくなりそうなものだけど……。私がため息をつくと、ジャコちゃんが振り向いて、小さくウィンクしてくれた。
「暑いね」
「うん」
汗ばんだスキンヘッドのこめかみあたりに、小さなかすり傷ができている。さっき倒れたときのかな? ゴメンね、ジャコちゃん。
異世界人の警備兵(?)たちは、細長い警棒みたいなものを手にしている。私たちからちょっと距離をおいて見張っている感じ。まるで犯罪者あつかいだな。どこかに連行でもされそうな雰囲気だ。
巨大なマザーシップはゆっくりと降下中だった。私たちから見て宮殿の反対側、ここから百メートルほど離れたあたりに降りるらしい。
そこにはいつの間にか、制服を着た異世界人がたくさん集まり、隊列まで組んでいる。要人のお出迎え? ひょっとしてここは普段、広場というより「空飛ぶ船」の停泊スペースなのかも。
それにしても、デカい。「貴族の館」号もそれなりの大きさだけど、このマザーシップはその何倍もある。いったい何人乗りなんだろう?
異世界人たちが見守るなか、青白い光を放つ流線形の機体はゆっくり下降していき、そのまま着地した。
その途端、号令のような声がこちらまで響いてきて、近くにいた制服の異世界人たちは一斉に姿勢をただす。同時に、広場を取り巻くように集まっていた群衆からも大きな歓声が沸き起こった。
なんだなんだ!?
私たちはわけがわからず、互いに顔を見合わせる。
そのとき、宮殿のほうから来た乗り物が私たちの前で
「あの船で、家まで送ってもらえるのかもね」
ぽわ男がボソリとつぶやく。そんなわけないでしょ、とツッコミを入れたかったけど、実は私も一瞬同じことを考えた。
「こここ、これ、なな、なんて言ってるんでしょうね?」
周囲を見まわしながら、マテ君が尋ねる。
「見物人たちのこと?」
ぽわ男が聞き返すと、マテ君がうなずいた。
「はい。なにか、ずっと同じ言葉を繰り返してませんか?」
そう言われれば、そんな気もする。でも、はっきり聴きとれないし、聴きとれたとしても、言ってることの意味はわからないだろう。
私たちを乗せた特大型スクーターは、マザーシップからすこし離れたところで停止した。船の様子は、整列した異世界人たちのかげになって、よく見えない。
かろうじて見えるのは、華やかな衣装をまとった異世界人たち――女の人?――がリフトのようなもので何人も船のなかに入っていく様子だけだった。降りてくるのかと思ったけど、これから乗るの?
そのとき、手前に見える隊列の一部がサッと左右に分かれ、その間から、大人と子どもが一人ずつ姿を見せた。警棒のようなものを手にした異世界人が両脇についている。
「リーチャ! アルフォンソさん!」
私は、大声で叫んだ。二人が、私たちのほうに目を向ける。
「カナ!!」
フェリーチャのほとんど泣きそうな声。私は思わず駆け出した。でも、すぐ警備の異世界人に止められる。
「ミチャが! ミチャが!!」
大声で叫ぶフェリーチャを黙らせようとするかのように、異世界人の一人が駆けよっていく。
「アッ!」
そう言ったきり、フェリーチャは不自然な姿勢のまま動かなくなった。遠くからでも、苦しそうな表情だけははっきりわかる。彼女に近づいた異世界人は、フェリーチャを人形のように持ち上げ、運び出した。
アル様とフェリーチャの二人も、私たちと一緒に連行されるらしい。
どうしよう。レオ様以外の仲間たちが、みんなつかまってしまった。ミチャがどうなったのかは、まだわからない。でも、アル様たちがここにいるということは、ほぼ間違いなくミチャも……。
「カナ、なにか鳴ってますよ」
マテ君が小声で言う。ああ、またスマホだ。
私は、警備兵(?)たちがフェリーチャたちに気を取られているうちに、こっそりスマホを取り出した。思ったとおり、メッセージが何件も着信している。
着信音のせいで目立っても困るから、今のうちに音を切っておこう。そう思って、スマホの「設定」を開いたとたん、けたたましいベルのような音がスマホから鳴り響いた。
「!」
チリリリリリリン! と、昭和のドラマに出てくる黒電話のようなベル音。画面の名前を見るまでもない。この音を電話着信に設定しているのは――お母さんだけだ。
ずっと前、おばあちゃんが入院したとき、お母さんが電話してきたのに気づかなくて、すっごく怒られたときがあった。それ以来、はた迷惑なこのベル音を着信に設定している。
案の定、警備兵の一人が、なにごとかと血相を変えて飛んできた。
「あの! ちがうんです! これは、別にあやしいやつじゃなくて!」
我ながら、なにを言っているのかと思いながら、必死にごまかそうとするけど、警備兵は警棒っぽいスティックを手にもち、真上に突き立てる。その瞬間、私はひざまずくように倒れ、身動きできなくなった。そのはずみで、右手に握りしめたスマホの「応答」ボタンを押してしまう。
「……
何週間ぶりかで聞く声。間違いない、お母さんだ。
なんと答えたらいいのかもわからないまま、口を開こうとするけど、息が漏れるだけでまともな声にならない。
「もうカナちゃん、なんとか言って! どうしたの!? 食事もろくにしてないんでしょう!」
許せ、母よ。ちがうのだ。ていうか、食事はたっぷりいただいてます。なんなら、日本にいたときより豪華だったりする。体重がちょっと心配になるくらい……。
「食べ物送るから! なに送ったらいい?」
母上、さすがにそれはむずかしいかと。
警備兵は、有無を言わせず、スマホを取り上げた。話し続けるお母さんの声に戸惑っているらしい。でも、通話終了ボタンを押したのか、急になんの音もしなくなった。
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