第95話:HELP!
広場は、四百メートル走トラックが何個かすっぽり入るくらいの大きさだ。宮殿風の建物からけっこう距離もあるのに、彼らはあっという間に近づいてくる。
スクーターみたいのに乗っていると思ったら、地面から浮いてる? そりゃ、速いわけだ。
「逃げよう!!」
さっきまでの余裕は、すっかり消え失せたぽわ
なにも悪いことはしていない。連れ去られた人を探しに来ただけ。逃げる必要なんかないんだけど――どうも異世界人たちはそう思ってないらしい。次の瞬間、マテ君、ジャコちゃん、そして私も、船に向けて駆け出していた。
追ってくる先頭の連中が、口々になにか叫んでいる。走りながら、振りかえった。十人、いや、もうすこしいるか。まずい予感。
ミチャ以外だと、はじめて間近に見る異世界人たち。全員同じ服ってことは、制服? 清潔そうな白い生地で、肩や腰は鮮やかな緑の布で飾られている。どことなく
「早く!」
私たちのほうを振り向きながら、ぽわ男が叫んだ。「貴族の館」号は、光学迷彩のせいで外から見えなくなっている。入口がわからなくならないよう、地面に置いてある目印まで、あと数メートル。
追いつかれるより先に戻れる距離のはず、と思ったけど――突然、身体が動かなくなった。手足に急ブレーキがかかったみたい。どこにもぶつかっていないのに、全身に衝撃を受ける。
なに、これ!?
走っている姿勢のまま、空中で凍りつく。ろくに頭を動かすことすらできない。視界に入るのは、ぽわ男とジャコちゃんだけ。二人とも、失敗したスナップ写真みたいに不自然なポーズで静止している。後ろにいるはずのマテ君もたぶん同じ状況だ。
なんだ? なんなんだ!?
身動きのとれなくなった私たちを、異世界人たちがすぐに取り囲んだ。なにか言っているけど、その声ですら、遠くの音ようにくぐもって聞こえる。なんだか息まで苦しくなってきた。
私たちのまわりを、制服の異世界人が動きまわる。私の目の前に来たそのうちの一人と目が合った。
え……? 背が高くて怖い顔してるけど、なんかちょっと、いや、かなりのイケメン? 切れ長の目に、スッと通った鼻筋。口もとにも気品が漂う――って感心してる場合じゃない。
気づくと、ぽわ男とジャコちゃんがそれぞれ異世界人にボディチェックされていた。すぐに護身用の銃が取り上げられる。私の銃はすぐわかるベルトのところに差してあったので、イケメン氏が抜き取った。
ちょ、気安く触んないで! と思った瞬間、身体の拘束が緩んだのか、私たちはみなバランスがとれなくなり、前のめりに倒れてしまう。
「
とっさに手をついたものの、かなり激しく地面にぶつかった。痛かったのはほんとうだけど、さっきは声すら出なかったのが、今また言葉を出せたことに驚く。
「フートル!」
ぽわ男のわめき声が聞こえた。見ると、四つん這いの姿勢から起きあがろうとしているらしい。
でも、その瞬間、ぽわ男は上からの力で抑えつけられるみたいに、また地面に
これって、もしかしてミチャと同じような能力? 私たちが動けないようにコントロールしている?
そのとき、地面にスマホが転がっているのに気がついた。コケたはずみで、胸ポケットから落ちたらしい。ほんの三十センチしか離れてないところ。手を伸ばせたら、届くのだけど……。
幸い、異世界人はなにやら話をしていて、気づいてなさそう。ペト様の写真や動画のいっぱい入ったスマホだ。取り上げられたら、ツラすぎる。
お願い! 動いて、私の右手!
神経を集中する。お? 動くぞ。ゆっくりだけど、動く。あと……十五センチ……残り、十センチ……。
突然、スマホが振動した。まさか、このタイミングで? いや、そういえば、今日はさっきからずっと鳴ってたわ。こんなことなら、電源切っておくんだった!
スマホのロック画面が見える。メッセージの着信通知。送信者は……。え? ええっ!?
異世界人の一人が靴音を響かせて近づいてくる。ああ、取り上げられちゃうか。スマホを見にきたのは、例のイケメン氏だった。三秒ほど黙って考えたあと、意外にもスマホを取り上げず、私の目の前までズズズと寄せてくれた。武士の情け?
着信者は、やっぱりあの人だった。「松谷
〈あのα5を描いたの、
ひさびさのメッセージが『宇宙艦隊ギルボア』の話題って、いかにもユウトさんらしいけど、もうちょっとなんかなかったの。
と心のなかでツッコミを入れていると、続けてユウトさんからもうひとつ着信があった。
〈HELP!〉
ハァ? いや、助けてほしいのは、こっちなんですけど……。とはいえ、ユウトさんが冗談でこんなことを書くとも思えなかった。いったいなにが起こっているんだろう? どちらにしても、手が使えないから、今は返信もできない。
気がつくと、イケメン氏はどこかに行っている。異世界人たちは、またなにか話し合っているみたいだ。言葉はわからないけど、なんとなく緊迫した雰囲気を感じる。
「ンー!」
ジャコちゃんの声だ。私と同じように、まともに話せない状態。
あたりの様子をうかがうと、どうやら広場の付近に人が集まってきているらしかった。それも、相当な人数の。
なんでだろう? まさか私たちのせいじゃないよね?
そのとき、広場のまわりに集まっているらしい人々の間から、どよめきと歓声が響いてきた。それだけじゃない。何度か耳にしたことのある宇宙船の飛行音も聞こえている。音はすこしずつ大きくなり、ほかの音をかき消すほどだった。
見上げることはできないけど、上空から大型の船が近づいていることは間違いない。気がつくと、私たちのいる広場は、船の影に覆われていた。
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