第94話:なにを迷っている?

 針路を転換した「貴族の館」号は、もう白い湖から遠ざかりはじめている。


 自動操縦モードに切り替えたマテ君は、耳慣れない名前を聞いたみたいな顔をした。


「ペーターって……うちの主人あるじのピエーロさん?」


 ほかにどのピエーロさんがいるのよ、とツッコみたかったけど、私もうなずくのが精一杯。


「そうだよ」


 ペト様は、あの街にいる。間違いない。


「ななな、なんでわかるんですか?」

「PY37γ5が見えたから」

「ピ、ピーワイ……なんですって?」

「みんなも乗ってる偵察機の名前のこと。ペーターがいなくなったときに乗っていた初号機」


 論より証拠。私は、ついさっき記録した湖底都市の映像を再生した。


「これ、さっき近づいたときに録画しておいたの」


 スクリーンには、象牙色の建物と広場が映っている。


「ああ、こんなの見えてたね」


 ぽわがつぶやいた。


「ででで、でも、初号機は、どど、どこですか?」

「え?」


 マテ君の質問に思わず聞き返す。


「ほら、ここ! 見えてるでしょ? 真っ赤な機体。私の乗ってる弐号機とまったく同じ色!」


 私はスクリーンに近づいて、広場のなかにポツリと映る赤い点を指さした。


「あーあ」


 三人がそろえて声をあげる。なんか、いまいちピンと来てない感じ?


「これは、言われなかったら、絶対わからないな」


 首をかしげながら、ぽわ男が言う。


「この色だけで、偵察機だってよくわかったね」


 ジャコちゃんまで! もう一度、スクリーンに目をやる。まあ、たしかにすごーくっちゃくしか見えてないけど。


 パネルを操作して、映像を最大に拡大してみせた。


「ほら、これでわかるでしょ?」


 見まごうことなきPY37γ5のシルエット!


「あーあ」


 三人がそろえて声をあげる。ちょっと、リアクション薄くない!?


「カナじゃなきゃ、気づけないよ、これは」

「そうですね」

「でも、間違いないよ。ここにペーターはいるはず!」


 ぽわ男とジャコちゃんは、すこし戸惑った様子で、操縦席のマテ君のほうを見た。

 

「カナ」


 二人のまなざしに答えるように、マテ君がうなずく。


「ようやく見つけ出しましたね」


 私は、小さくうなずいた。


「ただ、その……アルフォンソさんたちのことは、どうしますか?」

「それは……」


 逃げる手段ももたないアル様たち。私たちの家には、ちょうどペト様がいなくなったあの晩のように、正体不明の空飛ぶ船が多数近づいている。私たちが助けに行かないと、もしかするとアル様、ミチャ、フェリーチャまで――

 

「でも……でも、ペーターが、あの街に……」


 私、どうしたらいい?


「カナ殿、なにを迷っている?」


 飛びこんできたのは、α5に乗るレオ様の声だ。


「いったいこれまで、なんのために苦労してきたのか。ペトルス・リプシウス殿を救うためではなかったか? 一番近くにいる貴殿たちが、真っ先に動かないでどうする?」


 画面に映るレオ様は、怒っているようだった。


「それは、そうですけど……アルフォンソさんや、リーチャだって――」

「私の愛娘むすめのことは、任せていただきたい。そもそもリーチャを呼び寄せるようお願いしたのは、私だ。責任はもつ。それに」


 すっかりいつもの鋭さを取り戻した目が、モニター越しに私をとらえる。


「白い湖という手がかりをくれたのは、アルフォンソ殿だ。せっかくの好機を活かせなかったら、彼が一番悲しむのではないか?」


 返す言葉がない。もちろん、レオ様だってフェリーチャのことが心配でたまらないはず。でも、私たちが湖に引き返すよう、本気で言っていることもよくわかった。


「ありがとう……レオンハルト!」

「礼にはおよばぬ。リーチャたちの無事が確認でき次第、合流する」

「そうと決まったら――反転しますよ!」


 操縦席のマテ君の操作で「貴族の館」号は、急速に針路を変える。やがてスクリーンの正面には、また白い湖が映し出された。


     ◇


 湖の底から見ると、水の壁はものすごい威圧感だ。滝のように水が流れているのかと思ったら、まるで接着剤で貼りつけたみたいに動かない。


「光学迷彩がいているのかな?」


 ジャコちゃんが不安そうにモニターを見ている。周囲に飛びかう船や地上にいる異世界人たちには気づかれていないのか、私たちはなんの支障もなく広場上空まで進むことができた。


見境みさかいなく攻撃してくるどこかの星とは、ちがうんだよ。街並みも、なかなか趣味がよさそうじゃないか。ボクが思うに、文化的で友好的なのさ、ここの住民はね」


 ぽわ男がまた無責任なことを言っている。ほんとうにそのとおりなら、ありがたいんだけど。


「みなさん、着陸しますよ」


 マテ君はいたって冷静に「貴族の館」号を操作し、PY37γ5初号機のすぐ近くに停泊させた。


 広場正面の建物は、高くそびえる水の壁を背景に美しいシルエットを見せている。優雅さと威厳を感じさせる造り。やっぱり宮殿かなにか、この国の支配者が住む場所なのかもしれない。


 なにもない広場のなかで、初号機は異彩を放っていた。最後に目にしたときと変わらない深紅の機体が、陽射しを浴びて輝いている。


「行きましょうか」


 私たちは、おそるおそる船外へ出た。武器は「護身用」として一丁ずつの銃だけ。ずっと前、ペト様と一緒に試し撃ちをしたやつだ。誰ひとりまともな射撃訓練をしていないので、いざというとき役に立つかはあやしいけど。


 目の前には、PY37γ5の機体があった。損傷はまったくなさそうで、すこしだけ安心する。この初号機、ペト様に操縦してもらって、いろんなところに行ったな……。


 認証キーを入力すると、搭乗用のドアが開く。ジャコちゃんがなかをのぞいてくれたけど、誰もいない。まあ、それはそうだよね。


「どどど、どうしましょう?」


 マテ君が、不安そうにあたりを見まわしながら言った。


「うーん、やっぱり近所の人に尋ねてみるのがいいんじゃない?」


 ぽわ男が提案する。


「たた、尋ねるって、なにをですか?」

「これに乗ってた人、知りませんかって」


 本気とも冗談ともつかないぽわ男の言葉。


「うん。それ、いいかもね」


 私は、ひとりごとのように答える。


「カナ。それ、本気で言ってる?」


 そのとき、宮殿のような建物のほうから、なにかが猛スピードで近づいてくるのが見えた。



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