第92話:悪うござんした

 現在「貴族の館」二代目号は、マテ君の手慣れた操縦で順調に帰還中。細い弓のように見えていた私たちの星も、気づくとレモンみたいな形に膨らんでいる。


 その姿を船外モニターでぼんやり眺めながら、私は、α5が緊急離脱する直前の状況を思い返した。


 あの「航行制御」って、なんだったんだろう? 考えれば考えるほど、わからなくなる。直前まで順調に飛んでいたのに、突然進めなくなったってこと?


 たしか、五百円玉星のほうに引っ張られているとも言っていた。でも、引っ張られるって、どうやって? ビーム的な、なにか?


 それに、どうしてGLBα5だけ? 大きさで言ったら、私たちの乗る「貴族の館」号のほうがずっとデカい。α5には光学迷彩を入れてなかったけど、ぶっちゃけ異世界人たち相手に光学迷彩がどこまで有効なのかわからない。


 一番の謎は、レオ様の様子だ。普段なら至近距離で雷が落ちても眉ひとつ動かさないような人が、あれほど苦しそうにゆがめた顔。失神寸前かと思うほどだった。α5が動けなくなっただけで、そこまで苦しくはならないだろう。


 もしかして例の「情意なんちゃらシステム」が暴走した? いや、でもあれはそもそもパイロットの――


「おいおい、カナ。なんて顔してるんだよ」


 なれなれしい口調でそう言いながら、ぽわが目の前に立つ。いい香りを漂わせるコーヒーを両手にもち、私にも飲むかと目で合図した。


「ひどい顔はもともとです」


 口ではそう言いつつ、ありがたくコーヒーを受け取る。ぽわ男はそのまま私の隣に腰を下ろした。


「ボクは『ひどい顔』なんて言ってないからね。ほら、そんな怖い顔してないで、コーヒー飲んだら?」


 あんたみたいな天性の美形には、モブキャラ顔女子の苦労なんてわからないでしょうよ。


 優雅な手つきでカップをもつぽわ男を横目に、私もコーヒーに口をつける。カフェインのせいか、混乱していた頭がちょっとだけスッキリしてきた。


「レオンハルトの身になにかあったらと思うと、どうしてもね」

「なにかって……リーチャを置いて巨人ちゃんと駆け落ちとか?」

「まさか!」


 ぽわ男は肩をすくめた。


「ま、自分を責めるのは、やめときなよ。歴戦の勇士さまだ、そう簡単に死にはしないさ」

「べ、別に、死ぬなんて思ってないけど」


 ぽわ男がニッコリ笑いながら、大きくうなずく。これって、私のこと励ましてくれてる?


「第一、今さら自分を責めたって遅いよね」


 そりゃ、悪うござんした。


     ◇


 地上のアル様と通信装置で連絡をとった。五百円玉星偵察の様子を簡単に伝える。あの後、レオ様とはまだ交信できていない。


 ミチャとフェリーチャは散歩に出かけているとのこと。


 「白い海」の話題になって、しばらく興奮がおさまらなかったミチャも、食事したらまた落ち着いたらしい。たっぷり昼食の用意をしてくれていたマテ君に感謝だ。


 私としては、いったん帰還し、ミチャたちを連れて白い湖に向かうつもりでいたけど、相談の結果、ひとまず私たちだけで視察することになった。


 それにしても白い湖のあたり、ミチャだってペト様と一緒によく飛んでたんだよな。自分の家の近くなら、上空からでもわかりそうなものだ。ミチャの故郷とは、関係ないのかもしれない。


「どちらにしても」


 画面のアル様が言った。


「用心に越したことはありません。みなさんに神のご加護を」

「ありがとうございます」


 通信を終えるともうモニターの画面いっぱいに、なじみのある景色が映し出されている。

 

「もうすぐ見えてくるはずです」


 マテ君が振り向いて、ようやく私の目を見ながら言ってくれた。


「うん」


 このあたりの地形はどこも似通っていて、白い湖が近いのか、正直よくわからない。でも、森や草原や岩山の間を大小の川が流れる景色は、さっきまで見ていた五百円玉星の殺風景な映像よりずっと安心できた。


「これ、なんだろう?」


 ひとりごとのような声に振り向くと、ジャコちゃんがホログラム・パネルの前で眉間にしわを寄せている。


「どうしたの?」


 私が尋ねると、ジャコちゃんは左手で小さく手まねきをした。右手はホログラムの一点を指している。近づくまでもなく、はっきりと赤い光が見てとれた。


「お出迎えかい? 正装してくるんだったな」


 横からのぞきこみながら、ぽわ男が言う。近づいて見ると、私たちの進行方向に八つの光点が映っていた。大きな点が二つと、それより小さい点が三つずつ、大きな点のお供のように付き添っている感じ。


「みみみ、見えます! 船です! そそ、空飛ぶ船です!」


 今度は、操縦席のマテ君が叫んだ。たしかに、メインのモニターにはもう機影が映っている。まだ何キロも先だろうけど、編隊を組んで飛行する様子はまちがいない。何度も見た、あの青白い光だ。


 マテ君がパネルを操作して、映像を拡大してくれた。大小の船の形状までわかる。


「ああ」


 見覚えのあるその姿に、思わず声が漏れた。いつだったか、パトロール中に異世界人同士の戦闘と出くわしたことがある。あのときの大型船とたぶん同じ形だ。


「こちらに向かっているわけじゃなさそうだね」

「天気がいいから、ピクニックにでも行くんじゃない?」


 ジャコちゃんとぽわ男ののんきな会話を横に、マテ君は心配そうな顔で私のほうを見た。


「この方角って、もしかして……」


 え? なになに?


「カナさん!」


 今度は、通信装置を通して、アル様の声が響く。


「はい、なんでしょう?」

「どうも上空が騒がしいのです」

「上空……?」


 その言葉を耳にした瞬間、何百回となく再生したペト様のビデオメッセージが脳裏によみがえった。急いで通信装置の前に移動する。


「ええと、そこからなにか見えますか?」

「見えるどころか、空は飛行する物体だらけです」


 画面の背景では、壁や窓がときおり外から差しこむ青白い光に照らされ、明るくなる。


「ミ、ミチャとフェリーチャは!?」

「無事です。つい先ほど、散歩から戻ってきました。ただ、ミチャさんが、えらくはしゃいでいて……。目を離すと、外に出ようとして――あっ、フェリーチャさん! ミチャさんをお願いします!」


 どうしよう? 白い湖の視察は後回しにして、戻ったほうがいい?


 そんなことを考えて固まっていると、胸ポケットに振動を感じた。え、マジか?


 ポケットから取り出したスマホは、着信通知でブルブル震えつづけている。もう何日も電波がつながらなかったから、ひょっとしてもうムリなんじゃないかと思ってた。よりにもよって、こんなときに回復するなんて……。


 画面には、六百件以上の着信を知らせる通知。


「あ、あ、あああ、あれは!!」


 突然の叫びに、今度はなによ? とキレそうになりながら、マテ君に目を向けた。


「おお!」


 ジャコちゃんとぽわ男も驚きの声をあげる。マテ君が指さす画面には、湖面が真っ二つに割れた白い湖がはっきりと映っていた。



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