第91話:緊急離脱!

 GLBα5と「貴族の館」二代目号は、五百円玉星をそれぞれ逆方向にまわっている。予想合流時刻は、五分後。α5を収容したら、帰還する予定だ。


「見てのとおり」


 レオ様の声が 、α5から送られた映像に重なる。


「例の建造物は、まだ続いている」


 画面では、暗闇のなか、ほぼ等間隔に並ぶ赤い光がゆっくりと動いていた。レオ様は星の夜側を飛んでいるので、地表の建物はこの不気味な夜景でしか確認できない。


 私たちのルートでは、数分飛んだあたりで建物が途切れた。レオ様が飛行した距離を足すと、この建物、五百円玉星をゆうに四分の三周していることになる。


「α5、聞こえてる?」


 私は、モニターに向かって話しかけた。


「はい、カナさま」

「この星の大きさって、どのくらいなんだろう?」

「近似値でよろしいですか?」

「もちろん」

「赤道付近で、直径約一万二千二百キロメートルです」


 一万二千二百キロメートル……。聞いたはいいけど、大きいのか小さいのか、いまいちピンと来ない。


「うーん、それって、どのくらいの大きさ?」

「地球と非常によく似た大きさです」

「地球?」

「はい。ご参考までに付け加えますと、現在みなさまが暮らしている星も、こちらの星とほぼ同じ大きさです」

「そうなんだ。双子みたいな感じ?」

「はい、一卵性双生児なみですね」


 そうこうするうちに、私たちの乗る「貴族の館」号も、すこしずつ夜の側に入ろうとしていた。ホログラム・パネルを確認すると、GLBα5の位置を示す赤い点は、もうすぐ近くまで来ている。


 突然、モニターから聞き覚えのある警報音が響いてきた。『宇宙艦隊ギルボア』で何度も聞いた音だ。


「レオンハルト! なにかあった?」

「……グ…………フ……ゥア!」


 言葉にならない声。レオ様の苦しそうな息づかいだけが、生々しく伝わってくる。


「どうしたの? 攻撃されてる!?」

「レオンハルトさまに代わってお答えします」


 α5のやけに落ち着いた声が応答した。


「非常に強力な航行制御を受けています」

「航行制御?」

「はい。本機の推進力がなんらかの原因によって相殺され、航行できません。地上に引きつけられているものと思われますが、原因は解析不能です。ただ、パイロットが――」

「なに? レオンハルトが……レオンハルトが、どうしたの!?」


 私の問いかけに答えるかのように、モニターの画面が切り替わる。船外の映像に代わり、操縦かんを握りしめたレオ様の姿が映し出された。顔が真っ赤になり、口もとが痙攣みたいにブルブルと震えている。


 どうなってるの? ただごとでないことだけは、一目見てわかった。


「レオンハルト!」

「レオナルドさん!」

「非常事態。これより緊急離脱を試みます」


 相変わらず冷静な声のα5が言う。


「緊急離脱?」

「はい。レオンハルトさま、苦痛をご辛抱いただかなければなりません。お許しください」


 モニターに映るレオ様には、その言葉が届いているのかすらわからない。そして次の瞬間、画面が突然ブラックアウトした。


「α5、なにが起きたの!?」


 応答なし。通信そのものが切断されている。ホログラム・パネルに目を向けると、GLBα5の位置を示す赤い光が、信じられないような速さで五百円玉星から遠ざかりつつあった。


     ◇


「カナ!」


 ジャコちゃんが、私の両肩をつかんでいる。


「しっかりして、カナ!」

「エッ? ええと……私……」


 頭がぼうっとしていた。


 苦痛にゆがむレオ様の顔がフラッシュバックすると、ようやく目の前にいるジャコちゃんの顔にピントが合う。


「ごめんなさい。私、どうしてたの?」


 数十秒なのか、数分なのか、記憶が飛んでいるような感覚。ジャコちゃんは答える代わりに、ただ首を横に振って、私の肩をつかむ手を放した。


「ちょっと混乱しただけさ」


 隣に立っていたぽわが、そう言いながら、私の手にハンカチを差し出す。そのときようやく、自分が大泣きしているのに気づいた。


「あ……ありがとう」


 声もかすれている。よっぽど大声で叫んだのか。そういえば――ずっと泣きながら、フェリーチャに謝っていたような、ぼんやりとした記憶がよみがえる。


「ちょっと待って! 今どこ!?」

「帰還中ですよ」


 操縦席のマテ君が、振り向きもせずに言った。その言葉どおり、正面のスクリーンには五百円玉星でなく、私たちの暮らす星が映っている。大きく細い弓のような形で、夜の面をこちらに向けていた。


 ああ、そうか。


 レオ様を助けにいこうとする私に、マテ君が反対したんだった。言い合いになり、なにかひどいことを言ってしまった気もする。マテ君は、つらそうな表情で「レオナルドさんと約束したんです」と言っていた。


「レオンハルトは?」

「通信装置でも、まだ連絡とれないんだけど」


 そう言いながら、ジャコちゃんがホログラム・パネルの方を指さす。表示範囲を広げているせいで、パチンコ玉みたいな緑色のたまが二つ――私たちの星と五百円玉星だろう――映っているだけだった。


 いやちがう。そこからずっと離れたところに、ちっちゃな赤い点がある。GLBα5、こんなところまで飛んじゃったの? まだ高速で航行を続けているのか、静止しているのかすら、この縮尺だと判別つかない。




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