第90話:白い海?

 画面には、五百円玉星の地表映像とワイヤーフレームの立体構造画面が数秒ごとに切り替わりながら、映し出されている。


 「すくなくとも数千キロメートル」と、α5は言っていた。幅や高さも数キロメートル? イミわからん。


「なんなの、この星? 巨人でも住んでるわけ?」


 もしもペト様が、ここに囚われていたら? 想像するだけで、気が遠くなる。


「カナ殿、すまないが」


 スピーカーを通して、レオ様の声が響いた。


「状況がよく呑みこめない。もうすこし説明してもらえないだろうか」

「ええと、つまり、私たちを攻撃しようとをつけてるってことよね?」


 自信なかったので、α5に確かめてみる。


「そうですね。いつでも攻撃できる態勢だと思われます。ただ、攻撃する意図があるかどうかは、わかりません」

「どどど、どういうことですか?」


 不安そうにマテ君が尋ねた。


「その意図があるなら、もうとっくに攻撃を開始しているでしょう」


 なるほど。わざわざ隣の星までピンポイント攻撃してくる連中だ。手加減なんてしないか。


「じゃあ、今は様子を見ているってこと?」

「はい、あくまで推測ですが」


 攻撃はないほうがいいけど、ナメられてるような気もして、それはそれで腹立つ。


「カナ、悪いことは言わない。今日のところは、おとなしく引き返そう」


 ため息をついて、ぽわが提案した。


「ハア!?」

「どうもこちらの女性とは、わかり合えない気がしてきた。ボクは、どっちかと言うと、小柄な子が好みだしね」


 そんなん、知るか!


「もも、もしかして、ジョフロワさんも怖いんですか?」


 マテ君のツッコミ。


「そりゃ、怖いだろ!? 正気じゃないよ、あれは! ああいう巨大な建造物を造りたがる権力者に、マトモなヤツなんかいたためしがない!」

「そのとおりかもしれませんが」


 ジャコちゃんが、めずらしく険しい表情で応じた。


「攻撃を受けずに近づける機会なんて、そうそうありませんよ。今のうちにできるだけ調べておくほうがよくないですか?」

「私も同感だ」


 α5のレオ様が言う。


「この星にペーターがいる可能性も、ゼロじゃないし……」


 私がそうつぶやくと、ジャコちゃんも無言でうなずいた。みんな心配そうにモニターの映像を見つめる。


「はぁ……」


 ぽわ男が、さっきより大きなため息をついた。


「しょうがないなぁ。キミたち、命を大事にしないと、後悔するぞ」


     ◇


 すこしでも効率よく調査するため、レオ様の乗るGLBα5と私たちの「貴族の館」二代目号は、ふた手に分かれることになった。


 ジグザグに伸びる謎の建造物をたどって、それぞれ逆方向に飛んでいる。α5によると、三十分くらいでまた合流できる計算とのこと。


「カナ殿、これを見てもらえるか?」


 五分もしないうちに、レオ様から通信があった。モニターに転送された画像を見ると――なんだ、これ!?


 分厚い雲に覆われて、地表はほとんど映っていない。日が暮れかけている地域なのか、ところどころ雲が長い影を伸ばしている。


 映像の中心にあるのは、巨大な山のような。でも、山でないことは、ひと目でわかった。雲の上に突き出たところでは、規則的に並ぶ赤い光が、ゆっくりいたり消えたりしている。


「雲のために地表部分は見えませんが、先ほどの建造物の一部です。レーダー反応は、この地域一帯に巨大な建築群を示しています」


 α5が解説してくれた。


「これって、見えているのは雲の上だけってこと?」


 半信半疑で尋ねてみる。


「はい。地上の高さは、約四十五キロメートルと推測されます」

「四十……」


 いや、スケール感、おかしいだろう。


「何度も出てくる『キロメートル』というのは、長さの単位かな?」


 ぽわ男がα5に質問する。


「失礼しました。ご推察のとおり、距離の単位です。四十五キロメートルは、アルプスで一番高い山の約十倍に相当します」

「ありがとね、巨人ちゃん。聞くんじゃなかったよ」

「申し訳ありませんが、その『巨人ちゃん』というのは――」


 その瞬間、通信装置の呼び出し音が鳴った。アル様からだ。


「α5、悪いけど、呼び方の相談はあとにしてもらえる?」

「承知しました」


 α5が不服そうな声で答える。


「カナさん、レオナルドさん、聞こえますか?」

「はい、アルフォンソさん。聞こえます」

「こちら、レオンハルト。よく聞こえている」

「なにかありましたか?」


 こちらも気の抜けない状況だ。わざわざ通信してくるってことは、なにかあったのかな。


「正直なところ、よくわかりません」

「?」

「みなさんは『白い海』なるものをご存知ですか?」

「白い海?」

「はい。白い海です」


 いつかペト様と見た白い湖のことを思い出した。


「ひょっとして、のことですか?」

「湖? なるほど……その可能性もありえるか」


 ひとり言のように考えこむアル様。


「アルフォンソ殿。すまないが、どういった用件か? こちらもすでに敵星の上空にいるのだ」


 すこしいらだった声で、レオ様が言う。


「ミチャさんの家はどこかと尋ねたら、『白い海』と答えたのです。ひょっとしたら『白い湖』と訳すべきなのかもしれませんが」

「ミチャの家……白い湖……」

「湖面がけたというあの湖か」


 レオ様もよく覚えているようだった。


「故郷のことを思い出したせいか、ミチャさんが興奮して、大変なんです。フェリーチャさんが一生懸命なだめていますが、とにかく外に出たがっています」


 たしかに、通信装置からはミチャの大騒ぎする様子が聞こえてくる。


 それにしても――ミチャの故郷? なつかしがっている? 頭の片隅で、なにかがひっかかった。でも、それがなにかはわからない。ふと思いついたことを、アル様に尋ねてみる。


「アルフォンソさん。今日は攻撃とか受けてませんか?」

「攻撃? ええ、そうですね。今のところ、異常ありません」


 私たちの家――白い湖からそれほど離れていない――は、いま昼ごろのはずだ。五百円玉星から見ると、ちょうど星の裏側くらいにある。


「カナ殿、どうだろう? 行ってみる価値がありそうだが?」


 通信装置から、レオ様の声が聞こえた。


「はい。私も、なにかがわかりそうな予感がします」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る