第89話:偵察
通信装置の画面に、アル様が映っている。
「アルフォンソさん、聞こえますか?」
「はい。よく聞こ――」
「カーーナーーーッ!!」
割りこむように画面に入ってきたミチャ。みんなが出かけるのに、自分は地上待機になったのが納得いかないらしい。今にも泣き出しそうな顔で叫んでいる。
はいはい。でも、それはムリ。あんたを連れていくのは、わざわざ敵の目の前に標的を差し出すようなもんだから。
「こちらもよく聞こえています。通信装置は問題なさそうですね。では、なにかあったら、また連絡しましょう」
画面の奥でミチャをなだめるフェリーチャの様子を見ながら、アル様に言った。
「了解です。みなさんもお気をつけて」
私たちは今、「貴族の館」(二代目)号に乗り、五百円玉星を目指している。
昨日の夜、大破した先代と同じ輸送船を描きなおした(ただし、積み荷のGLBα5は抜きで)。シールドは三倍に強化したものの、いつまた攻撃されるかと気が気でない。
操縦席正面のパネルいっぱいに映し出された五百円玉星。出発してから二時間ほどたち、気がつくとずいぶん近づいている。計算では、あと三十分前後で到着するはずだ。
「いよいよですね」
操縦席に座るマテ君が言った。
「うん」
緊張しているせいか、みんな無口だ。ぽわ
「では、そろそろ巨人で出るとしよう」
そう言って、レオ様が立ち上がった。私とジャコちゃんとぽわ男も、つられるように席を立つ。
「お気をつけて、レオナルドさん」
その場に残るマテ君が声をかけると、レオ様は無言でうなずいて、貨物庫に向かった。私たちも後に続く。
α5なら、自力で宇宙に(その気になれば、五百円玉星にも)飛んでいける。でもレオ様は、目標近くまで「貴族の館」号に乗ることにした。この機会に、発艦や着艦の訓練もしたいのだという。つくづくマジメな人だと思う。
レオ様が言うには、宇宙空間の航行はむずかしいらしい。地上とちがって適当な目印がないので、気をつけないとすぐ自分の位置や姿勢がわからなくなってしまう。もちろん、α5が操縦をサポートしてくれるけど、パイロット自身が方向を見失うと、α5も混乱するのだとか。
「カナ殿」
貨物庫の入口で立ち止まったレオ様が、私のほうに向きなおった。
「万が一、敵の攻撃を受けた場合には――」
「はい、わかってます。α5の収容は考えないで、退避を優先するんですね」
レオ様が小さくうなずく。この注意、朝からもう三度くらい聞かされている。
「こちらはかならず自力で帰還するので、そうしてほしい。巨人を収容しようとすれば、余計に狙われやすくなる」
「了解です」
「レオナルドさん、どうぞお気をつけて」
「巨人ちゃんとのランデヴー、楽しんできてね」
ジャコちゃんとぽわ男が、レオ様に声をかけた。
「ご厚意、痛みいる」
厳しい表情のまま、レオ様はα5のほうへ向かっていく。長いブロンドの髪が歩くたびに揺れるのを見送りながら、私は貨物庫の入口を閉めた。
◇
操縦室に戻ると、困った顔をしたマテ君が、私を待っている。
「えっと……どうかした?」
マテ君は、パネルのひとつを指さした。
「これ、なんでしょう?」
「?」
近づいて見ると、画面にメッセージが表示されている。
〈GLBα5より通信リクエスト。接続を許可しますか?〉
デフォルトの言語、日本語に切り替えておいてよかった!
画面の「OK」をタップすると、レオ様の姿が映し出される。レオ様用にも通信装置を用意しておいたけど、必要なかったのね。
「こちらは準備完了だ。船外への通路を開けてもらいたい」
「わかりました」
マテ君がパネルを操作して、貨物庫の扉を開ける。
「では、レオンハルト、これより発艦する」
しばらくすると、前方の船外モニターにGLBα5の機体が映った。太陽の光を反射して、まぶしく輝いている。
ああ、α5ってほんとに宇宙を飛べるんだな。
われながらバカっぽい感想だけど、実物が飛んでいるのを見るのは、これがはじめてだ。
あっという間にα5は遠ざかり、もう光の点にしか見えない。その背景には、五百円玉星の不気味な姿が浮かんでいた。ちょうど満月のように円い姿が、モニターに収まりきらないほど広がっている。
地上からでも雲らしいのは見えるけど、接近したせいで細かいところまでよくわかった。くすんだ赤褐色の陸地に重なった帯のような雲が、黄土色の縞模様を作っている。そのすき間からのぞく青紫の部分は、水面かな。
「本機は、母船との距離一キロを維持して航行中。到着までの予測時間は、約十七分」
突然、α5の声が響く。コックピットの音声が、こちらにも中継されているみたいだ。
「α5、こっちの声、聞こえてる?」
「そのお声は、カナさまですね? 聞こえております」
「レオンハルトさんのこと、よろしく頼みます」
「ええ、お任せください。どうぞご安心を」
そのとき、ジャコちゃんがそっと私に近づいてきた。
「カナ。あれってなんだろう?」
モニターを指さしながら、小声で尋ねる。
「なにか光っていますね」
マテ君もそう言って、こちらを振り向いた。よく見ると、画面に映る五百円玉星の真ん中あたりに、明るい筋のようなものがある。色合いも雲と比べてずっと明るい。日光を反射しているんだろう。
「なにかな?」
疑問に答えるかのように、α5から送られてくる映像が切り替わった。
「該当部分の拡大画像です。人工的建造物と思われます」
「建造物!?」
自然の地形にしては、直線が多すぎる。さらに画面が切り替わり、立体的構造が3Dワイヤーフレームで表示された。見るからに、人工物っぽい。
「基本構造体が金属でできています。何者かによる建造物と判断して間違いないでしょう」
「でも、この距離から見える建物って……」
「長さはすくなくとも数千キロメートル、幅や高さも数キロメートルと推定されます」
万里の長城って、ほんとうは宇宙から見えないんだっけ? これ、なんだか知らないけど、バケモノみたいな大きさじゃん。別の星を直接攻撃するなんて無茶すると思ってたけど、やっぱ文明レベル、ハンパないな。
「レオンハルトさま、カナさま。この後、どちらへ進みますか?」
唖然としているところに、α5の質問。
「どちらへって聞かれても。近づきすぎると、見つかっちゃいそうだし」
「カナ殿の言うとおりだ。ある程度の距離を保ちつつ、周囲を観察するのがよいだろう」
レオ様の声が響いた。そう、今日は偵察だけ。それがいい。
「お言葉ですが――」
申し訳なさそうな口調で、α5が忠告する。
「敵には、もう見つかっているようです」
「見つかっている? どうしてわかるの?」
「地上から強力な電磁波が本機に対して照射されています。おそらくカナさまの乗る母船も」
なんですと? つまり、私たち、ロック・オンされちゃってる!?
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