第88話:リーチャはご機嫌ななめ

「まーじ、ありえねーわ」


 フェリーチャの機嫌がすこぶる悪い。


 ついさっき、レオ様から通信装置で「昼食は不要」という連絡が入ったばかり。もうみんなが食べ終わったくらいのタイミングだった。


 レオ様は、昨日に続いて、朝からα5の飛行訓練中。今日は、宇宙空間での航行を試しているとのこと。


「キミの、ずいぶん熱心だね。巨人ちゃんのことになると」


 その不機嫌さをわざわざ増幅させるやつがいるから、タチが悪い。


「ちょっと、ジョフロワさん」


 見かねたアル様が、ぽわを止めようと声をかけた。


「あら、いいんですのよ、神父様」


 フェリーチャが引き取る。


「ほんとうのことですもの。おじさま、巨人のなかのひとにご執心で、私のことなど、どうでもよくなっているんですわ」


 ひどい言われよう。


 α5の操作法は「優しい女性の声」で親切に教えてもらえる、なんて言ってしまった私もマズかった。このとおり、ぽわ男は茶化すし、フェリーチャもヘソを曲げてしまう始末。


「そんなことないよ。レオンハルトはいつもリーチャのこと、一番に考えてるじゃない」

「ハァ!? だいたいカナが余計なもん描くから、こんなことになってんだろ!」


 やば。なんかこっちに矛先まわってきた。ていうか、あんたも乗りたがってたじゃん、α5。


「私だって、描こうと思って描いたわけじゃないし……」


 そう。「貴族の館」号を描いたら、積み荷のGLBα5もついてきただけ。


「でも、描いたよな?」

「……はい。描きました」


 八歳児に二秒で論破される十七歳。


「それにしても、レオナルドさんは、本気であの星まで行くつもりなんでしょうか」


 ちょっと心配そうに、アル様が言った。


「そう言ってたしね。今朝だって、張り切ってたじゃないの」


 ぽわ男がそう言うと、マテ君やジャコちゃんもうなずいている。


 たしかに、そうだった。でも、α5の「なかのひと」のせいとかじゃなくて――いや、それもあるのか?――ようやく自分の出番が回ってきた、みたいな意気ごみを感じる。


「ほかの星に行くなんて、どうも実感がわきません」

「ア、アルフォンソさんは、まま、まだ、宇宙に出られたこと、なかったですもんね」


 マテ君が答えると、ぽわ男が口をはさんだ。


「ボクに言わせてもらえば、この星にいるだけでも十分現実離れしてるよ」

「それはそうですが……。ジョフロワさんも、あの星に興味おありですか?」


 今度は、アル様が聞き返す。


「さあね。でも、案外悪くないところかもしれない」

「と言いますと?」

「たとえばさ、魂の救いを求める連中が群れをなしている、とかね」

「貴殿の想像力には感服いたします」


 言葉とは裏腹に冷淡な顔のアル様。


「古来の詩人たちに比べたら、とてもとても」


 ぽわ男は気にしちゃいない様子。


「まあ、あっちの住民が、人間の形をしている保証はないんだけどね」

「人間の形してたら、アンタがなにするつもりか、だいたい想像つくわ」


 フェリーチャが言い放つ。


「賢い子だねえ、キミは! そう、こっちの世界の住民は、奥ゆかしすぎる! ミチャちゃん以外、誰ひとり姿を見せない。どこかに隠れてしまったみたいにね。せっかく、これだけ眉目びもく秀麗の殿方を取りそろえているのにだよ?」

「姿を見せないのは、あっちの連中だって一緒じゃん」

「そのとおり。でもやつらは、はるか彼方から、あれほどしつこく砲撃してくるだろう?」


 だからなに、と言いたげな顔のフェリーチャ。


「きっとあちらの娘たちは、愛し方もあんな風に熱烈なんだよ。想像しただけで、ワクワクしてくる」

「あっちで浮気がバレたら、アンタ、問答無用で火あぶりだね」

「まあ、想像の話はおくとして」


 アル様が、話題を戻した。

 

「カナさんは、どう思います? 遠征には、最初あまり乗り気でない様子でしたが」

「そ、そうかな?」


 バレてたか。


「まあ、相手の正体もわからずに乗りこんでいくのは、やっぱり怖いなと思います」

「できるなら避けたいところだね」


 ジャコちゃんの相槌に、私は軽くうなずいた。


「でも、正体不明だからこそ偵察が必要だって、レオンハルトの言うこともわかる。攻撃されるんじゃないかっていつもビクビクしてたら、ペーターを探すこともままならないし……」


 あの晩、動画に映っていた宇宙船(?)でペト様が連れ去られたのだとしたら、五百円玉星に囚われている可能性だってなくはない。


「あとは巨人……α5が使えるようになったことも、心強いですね」

「その点なんですが」


 アル様が、口をはさんだ。


「たしかに、巨人は驚くべき兵器かもしれません。とはいえ、手持ちは一機だけです。戦力の上で圧倒的な優位にあるならよいのですが、敵戦力の詳細は不明。万一、予期せぬ事態になったときが……」


 御説ごもっともです。


「一機だけじゃ心もとない? だったら、カナがたくさん描けばいいんじゃない?」


 ぽわ男が、こともなげに言う。


「そういう問題じゃ……」


 私が言いかけると、すかさずフェリーチャがツッコんだ。


「巨人だけゾロゾロいても、意味ねーし。だいたい誰が操縦すんだよ。アンタか?」

「うーん。ボクは巨人ちゃんと心中する気なんてないからねぇ」


 そう言うと思ったよ。


 それに、私が描けば、なんて簡単に言うけど、ロボット描くのだって大変なんだからな(直接は描いたことないけど)。


「まずはあの星を偵察するという計画は、私も賛成です。おそらく反対のかたはいらっしゃらないでしょう?」


 アル様が話をまとめてくれた。マテ君、ジャコちゃん、ぽわ男もうなずいている。みんなの視線がフェリーチャに向けられると、「もう勝手にして」とでも言うような手ぶりで応えた。


「ただし、ミチャさんとフェリーチャさんは、ここに残ることを提案します」

「ボクもそれがいいと思うね」


 ミチャは、テーブルのちょっと離れた席で、まだデザートのブドウを一心不乱に食べ続けている。いったいこの子の基礎代謝は、どうなってるの。


「そして一緒に残りたいと思います」

「えっ、どうして?」


 私は思わず聞き返した。


「ミチャさんの言葉、すこしずつですが、理解できる語彙が増えています。同時並行で進めるのが得策だと思うのです。私が同行したところで、お役に立てることはないでしょうし」

「なるほど」


 みんながアル様の提案に賛成する。もう一度、レオ様が帰ってきたら話し合うことにして、解散になった。


「偵察のこと、どうも胸さわぎがします。私の思いすごしだとよいのですが」


 席を立つアル様が、つぶやくように言う。


 いや、そういうフラグ立てるみたいな発言、やめてください。



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