第87話:乗らないからね?

 頭のなかでは「思考共有システム」を通して、仰向けに倒れたGLBα5の姿が「見え」ている。脳内で、軽く幽体離脱が起きている感覚。


「ではまず、立ち上がってみましょう。ゆっくりでいいですよ」


 制御システムのお姉さんが誘導してくれる。うーん、立ち上がるねぇ……。


「いきなりで難しければ、上半身だけ起こしてみるのはどうでしょう?」


 なるほど、それならできそう。まず、起き上がる手順をイメージしてから、操縦かんを握る両手に力をこめる。体に伝わるかすかな振動が強まり、すぐに機体が動きはじめた。


「そう、その調子です」


 GLBα5の姿勢と連動して、メインモニターの映像と脳内の位置情報もリアルタイムで変化していく。いま、後ろに手をついて上半身を支えている状態だ。ここから立ち上がれば、いいのね。


「はい。がんばってください」


 応援ありがとうございます。がんばります。


 近くに寄りかかれそうなものはない。今度は、立ち上がる動作をイメージして、操縦桿をしっかり握る。すると、GLBα5はあっさり立ち上がった。メインモニターの視点が一気に上昇する。何十トンもある金属のかたまりのくせに、身のこなしが軽い。


「オキナさま、とてもお上手ですよ」


 オ、オキナさま!?


「おや、間違っていましたか?」

「いえ、合ってますけど。名字で呼ばれることなんか、最近なかったので」

「なんとお呼びしたらいいでしょう?」

「カナでいいです」

「了解しました。カナさまですね」


 お姉さんの色っぽい声に、なんかドギマギしてしまう。


「カナさま」

「はい! なんでしょう?」

「その……『お姉さん』というのは、カナさまのご年齢と本機の製造時期を考えますと、やや整合的でないように思うのですが……」


 知らんがな。ていうか、なんでそんな申し訳なさそうに言われないといけないの? ひょっとして私、ロボットに年下マウント取られてる?


「じゃあ、なんて呼んだらいい?」

「そうですね。α5と呼んでいただくのがよいかと」

「わ、わかった」


 会話に気を取られてたけど、α5はフラつくこともなくしっかり立っている。自動制御してくれてるんだな。

 

「じゃあ、これから移動します」


 私は、マテ君たちに呼びかけた。


 体の向きを変え、新しいガレージの方向に歩き出す。思い浮かべた動作がそのまま実行される感じ。コックピットに座っているかぎり、振動もほぼ気にならない。もっとガクガクするかと思ったけど、なかなか快適だ。


「それは光栄です」


 ちょっと誇らしそうに、α5が言う。


 すぐに機体は、新しいガレージに向かう通路に差しかかった。ここからは、下りのスロープがついている。


「あ……」


 メインモニターを見て、思わず声が出た。天井の高さが、圧倒的に足りない! ガレージを拡張するとき、そこまで考えていなかった。


「このままでは、通れませんね」


 α5が言う。


「うん。どうしよう?」

「ご心配なく」


 突然、α5がをはじめる。おお、その手があったか! あっという間にα5は「歩行モード」から「航行モード」にチェンジした。


 車輪がついているので、これなら余裕で通れる――ていうか、最初からこうしてたら、立ち上がる必要なかったのでは? ま、いいけど。


 『宇宙艦隊ギルボア』が放映されたのは、オモチャの合体・変形メカ全盛期。当初の企画にロボットの変形はなかったのに、スポンサーの玩具メーカーによる強い要望でデザインを修正したのだとか。こうなったのも偶然とはいえ、おかげで助かりました。


 航行モードのGLBα5は、漢字の「門」を逆立ちさせたみたいに、左右の大きな柱が後ろの連結部でつながれた形になっている。一部のファンには「音叉おんさ」と呼ばれているらしい。


 表向き「掃宙艇」として開発されたGLBα5は、この二本の柱をカニのハサミのように使って、障害物を除去したり、場合によっては、粉砕したりできる。というか、むしろそちらが「本来」の用途だ。


「カナさま、お詳しいですね」

「あ、すいません。ひとりごとです」

「防衛機構軍の機密情報も含まれていますが、聞かなかったことにしておきますね」

「え? ああ、うん。ありがとう」


 そうこうするうちに、機体は新しいガレージに無事収まった。


「ここでよし、と。α5、サポートありがとう」

「お役に立つことができて、なによりです」

「ええと、どうやって外に出たらいいのかな?」

「はい。おまかせを」


 コックピットの入口が開く。それと同時に操縦席がせり上がり、機外に出た。私は、そのまま装甲の上に飛び移る。


「カナさま。またいつでもお待ちしていますね」


 いや、もう結構です。


 ここからどうやって降りたものか、と思うより早く、装甲の一部が変形して階段状になった。よくできてるなぁ、これ。


 私が降りていくと、みんなは待ちかまえたように私を取り囲む。


「カナ殿! これはいったい……! こんなものを、誰が作ったのだ!?」


 感激した様子で、レオ様が尋ねた。


「ええと、誰なのかな」

「それに、あの変身はどうやって操作を?」


 うう、なんか圧がすごい……。やっぱりメカの変形って、男子の心をくすぐるものなんだろうか。


「まったく大した変わり身メタモルフォーズだったよ!」


 ぽわが、楽しそうに言う。


「これでカナは、いつでも巨人の戦いに繰り出せるというわけだ」

「いやいやいや、私はもう乗らないからね?」


 こいつ、絶対ワザと言ってやがる。






 

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