第86話:チュートリアル!
「ウワッ!」
GLBα5の脇腹あたりにハシゴをかけて、よじ登ろうとした瞬間、足がすべった。表面がツルツルしている上にカーブがついているので、すべりやすくなっている。
ここから見下ろすと、けっこうな高さ。落ちたら、ヤバい。
「だだだ、だいじょうぶですか?」
下でハシゴを支えてくれているマテ君が、声をかけてくれた。レオ様、ジャコちゃん、ぽわ
心配してくれるのは、ありがたいんだけどね。率直に言って、今すぐ部屋に帰って寝たいです。
「……だいじょばない」
「はい?」
こんな夜中に私は、なにが悲しくて戦闘用ロボットの操作法を調べにゃならんのか? せめて明日の朝にしておくんだった!
今日のうちにできることはやってしまおう――なんて、勢いで提案してしまった三十分前の自分に説教してやりたい。
「どこにも、つかめそうなところ、ないじゃん」
これ、コックピットにたどり着けなくね? ハシゴの上で、しばし途方にくれる。うーん、搭乗用のブリッジでも描いたほうが早いか?
そのとき、ライトグレーに光る装甲が、一瞬だけ輝きを増したような気がした。
「ん?」
「カナ、気をつけて! なにか出てきた!」
ジャコちゃんの声にハッとする。見ると、奥のほうから黒っぽいロープのようなものが表面をつたってスルスルと降りてきた。
ああ、『ギルボア』でもこんなの見たかも。どこから乗ったらいいのか戸惑うフィクレットの前に、ロープが伸びてくるシーン。GLBα5が、彼をパイロットとして認知した場面だ。
私は両手でしっかりとロープをつかんだ。その瞬間、また装甲がパッと輝く。やっぱり気のせいじゃない。――と思うが早いか、ロープを握る手が上に引っぱられた。
「ワワ!」
体ごと前のめりに引きあげられていく。これってつまり、私がGLBα5に「パイロット」として認められたってこと? それだけは、全力でお断りしたい。
胴体上部、コックピットの入口あたりまで来ると、ロープの動きが止まった。両手を放したとたん、装甲のなかにシュルシュルと吸い込まれ、見えなくなる。
今度は、装甲の一部が明るく点滅した。手のひらの形だ。はいはい、そこに手をあてるのね。
手のひらサインが緑色に変わると、足もとの一部が音もなく開き、コックピットが現れた。金属製の装甲なのに、見た目はヌルッと液体みたいな質感だ。光っているせいかな。
「コックピットにたどり着けました! なかに入ります!」
心配するといけないので、マテ君たちに一声かけた。
「了解です! 気をつけて!」
おそるおそるコックピットに入る。メインパネルのインジケーターのほかは、暗めの照明。ゆったりもたれる感じの座席。操縦席というより映画館のシートみたい。
座り心地を試していると、色っぽい女性の声が響いた。英語でなんか説明しているけど、かろうじて聞き取れたのは、最初の Welcome だけだ。
「ちょっと! 英語、わからないよ!」
「……失礼しました。では、操作言語を日本語に切り換えますか?」
「あ、はい」
「了解しました」
日本語、通じるんかい。
ムダにセクシーな声が気になるけど、言葉が通じて、ひと安心。
「GLB型試作機、識別番号α5の制御システムへようこそ。チュートリアルを開始しますか?」
「それって、私でもできるの?」
「ご不明な点があれば、いつでもお尋ねください」
できます、とは答えないところがミソね。ま、いいか。
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
メインパネルでは、緑や赤の光が目まぐるしく明滅し、頭上のコックピットの入口がスルスルと閉じていく。
「本機をパーソナライズしますか?」
「パーソナライズ?」
「あなたの専用機として設定するか、ということです」
「とんでもない!」
今日、乗らせていただいたのは、あくまで行きがかり上なので、ずっと乗るつもりはありません。基本操作だけわかれば十分です。
「了解しました。基本操作ですね」
「えっ? 考えてることが、伝わるの?」
「はい。百パーセントの精度ではありませんが。本機は、最新ヴァージョンの情意感受性駆動システムを実装しており、パイロットの意識する行動目標をほぼリアルタイムで実現することが可能です」
「ってことは、動きをイメージするだけでも、操縦できちゃう?」
「不可能ではないのですが、あまりおすすめできません」
「あーね」
あえて説明は求めないでおこう。
「説明、ですか?」
「あ、いや、なんでもない! こっちの話!」
いろいろメンドくさいな!
「じゃ、どうやって操作したらいい?」
質問に答えるかのように、座席の前にT字型の操縦
「こちらにおつかまりください」
言われるとおり、操縦桿を両手で握る。
「進みたい方向をイメージしながら、力を加えるだけでけっこうです。バーを動かす必要はありません」
ちょっと動かそうとしてみたけど、固くてほとんど動かない。
「メインモニターをアクティヴにします」
目の前の装甲がすうっと透き通っていくみたいに、機外の景色が映し出される。ガレージの天井を見上げている感じ。数秒すると、映像がマテ君たちの姿に切り替わった。
「ええと、こちらの声、外に出せますか?」
「はい。どうぞ、お話しください。外部の音もモニターしています」
「みんな、カナです。聞こえる?」
マテ君たちが驚いた様子で反応する。
「これから移動します。危ないので、ちょっと離れていてもらえますか?」
マテ君の「わかりました」という声が、はっきりと聞こえた。近くにいたのは彼だけで、壁際で待機していたジャコちゃんたちのほうへかけ寄っていく。
「空間情報を共有します」
システムのお姉さん(?)がそう言うと、メインモニターに重なるように、付近の空間情報がホログラムで映し出された。それと同時に――
ちょ! なに、これ? 見えないはずの機外の様子が、なぜかわかる。
「失礼しました。思考共有システムは、ご経験ありませんか?」
経験ないっていうか……なんて言ったらいいんだろう。自分の思考内容に誰かの思考が重ね書きされるような感覚が、なんとも気持ち悪い。乗り物酔いしそう。
「すぐに慣れますので、どうぞご安心ください」
そこはスルーなのかよ。
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