第84話:ほどほどにしとけよ

 異世界こっちに来てから『詳細設定集』は何度も見返している。でも、デザインを借りるだけだったから、解説部分はほとんど読んでない。『ギルボア』は一気見したせいか、細かいところになると、かなり忘れてるよね。


 ページをめくってたら、GLBα5の登場シーンが出てきた。大きな活字で印刷されたセリフが、目に飛び込んでくる。


〈おい、軍人さんよ! こいつで戦うんだ。できるだろ、パイロットなら!〉


 戦線が火星まで拡大し、多くの避難民が地球を目指していた。混乱のなか、戦禍を逃れようと、間一髪で輸送船に乗りこむ主人公フィクレット。ただ運悪く敵の襲撃をうけ、船は沈められそうになる――そんな緊迫した状況で出てくるのが、このセリフだ。


 輸送船の積荷には、大量の兵器が隠されていた。船は、横流しされた物資の密輸に利用されていたのだ。密輸集団のボスは、フィクレットが元パイロットだと知り、GLBα5で応戦するよう迫った。至近距離で銃をつきつけられるフィクレット。これまでか、と観念したとき、奇跡が起きる。


 GLBα5の腕が動き、ボスの身体を激しく跳ね飛ばした。まるでフィクレットを守ろうとするかのように。


 このとき作動していたのが、例の「情意なんちゃらシステム」だ。フィクレットの恐怖と怒りが高まった瞬間、GLBα5が「パイロット」の危険を感知し、自律的防衛反応を引き起こした、ということらしい。


 結局、フィクレットはやむをえずGLBα5に乗ることになり、武器さえない状態なのに敵を撃退してしまう。ただ、帰還後に「自律的防衛反応」の説明を聞かされた彼は、こう叫ぶ。


〈そんな気味の悪い兵器マシン、乗ってられるかよ!〉


 うん。めっちゃよくわかる。


     ◇


 あれこれ悩んだ末、火事の起きたガレージは放棄して、地中のもうちょい深いところに新しいガレージを作ることにした。マテ君たちにも手伝ってもらい、小型偵察機PY37γ5など車輪のある機体は、なんとか移動を終える。


 もったいないけど、「貴族の館」号はまあ諦めるしかない。ガレージの天井にいた地表の大きな穴も、なんとかふさぐことができた。


 残る問題は、をどうやって動かすか、だ。


 目の前にあるのは、あお向けに倒れたままのGLBα5。近くに立つと、あらためてデカさを感じる。


 いっそのこと、このまま放置しようかとも思ったけど、ほとんどチートレベルの兵器だ。この家くらい一瞬で破壊してしまう攻撃力がある。できるだけ目の届く場所に置いておくほうがいい。


 でも、さすがに疲れたな。GLBα5に寄りかかりながら、そのままズルズルと床に座りこむ。


「ハァァ……」


 思わず漏れるため息。


 操縦マニュアルとかあるんかな? 『ギルボア』にそんなシーンがあったような……。いや、どうだったろう。


 操作方法さえわかれば、誰かに動かしてもらえる? いや、それはそれで危なそうだし――。


「おい、なんだ? まだ寝てるのか?」


 突然、ジャコちゃんの声がした。


「え、いや! 寝てないよ?」


 声のするほうを見上げると、ジャコちゃんが、灰色に光る装甲をペシペシ叩きながら、GLBα5に向かって話しかけている。


「二日酔い? ま、ほどほどにしとけよ。カナに愛想つかされるぞ」


 呆気にとられる私の顔をチラッと見て、ジャコちゃんはウィンクしながら微笑んだ。もう……このお茶目スキンヘッドめ。


「そうそう! もっと言ってやって!」


 私がそう言うと、ジャコちゃんは「ほら見ろ」とでも言うかのようにGLBα5を軽く小突こづいた。その仕草に思わず笑ってしまう。


「カナも、苦労がたえないね」

「全然! 私は、みんながいるおかげで救われてるよ。ひとりだったら、とっくに心折れてたと思う」

「なら、いいんだけど」


 ジャコちゃんの声、なにか言いたげな感じ。


「……ひょっとして私、疲れて見える?」

「い、いや、そんなことないよ!」


 やっぱり、疲れて見えるのか(笑)。


「みんなに助けてもらってばかりで、正直、不安になることはあるけどね」

「不安?」

「うん。今こうしている間、ペーターは、どこでどうしてるんだろうって。私が『指揮官』なのに、こんな弱音を吐いちゃいけないんだけど……」

「だいじょうぶだよ。たしかに、あいつは腹立つくらいモテるけど、恋人を差しおいて浮気するような男じゃないから」

「いや、そういう話じゃなくて!!」


 このジョークで思い出した。ペト様の安否は、ジャコちゃんにとっても、ものすごく気がかりなはず。ただ「業務上のパートナー」としてだけじゃなくて……。


「ごめん、ごめん! でも、その『指揮官』って、レオナルドさんの言ったことを気にしてるんだよね?」

「そうだけど、実際、私がしっかりしないと――」

「十分しっかりしてると思う、カナは」


 ジャコちゃんが、微笑みながら言う。


「あいつのことだし、突然、なにごともなかったみたいに、フラッと帰ってくるかもしれないしね」

「ほんとうにそうなれば、いいんだけど」


 二人でしゃべっていると、新しいガレージのほうから戻ってくるマテ君とぽわの姿が目に入った。


「働かざる者、食うべからずだよ、キミたち!」


 もったいぶった調子で、ぽわ男が言う。


「うるさいな! ちゃんと働いてるよ」


 ちょっとイラッとしながら私が返すと、マテ君がニコニコしながら言った。


「そうですね。今日のところはこの辺にして、夕食にしましょうか」





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