第83話:なにか知ってる顔

 爆発音は、さっきの一回だけだった。


 ドアに窓がないから向こうがどうなっているか、よくわからない。スプリンクラーで散水するような音だけが聞こえてくる。


 ようやく立ち上がったレオ様が、口を開いた。


「いったいは……どういうことか?」


 それ、こっちの質問よ?


「いや、そもそもどうして、GL……いや、巨人が船の外に出てるんですか!?」


 さっき来たときは、貨物庫に横たわった状態で、固定までしてあったはず。ちょうど『ギルボア』第一話の登場シーンみたいに。


「私も、まったく理解できぬ。リーチャと二人で、もう一度、巨人を見にきたのだが……」


 レオ様は、そこで口をつぐんでしまった。


「……のだが?」

「突然、巨人が……生き返り、立ち上がったのだ」


 私に背を向けたままのフェリーチャが、ウンウンと首だけ縦に振る。


「そんな……バカな話、あるわけないでしょ!」


 思わず大声でツッコんだ。


 途端にフェリーチャが、すごい顔で私をにらみつけ、負けないくらいの大声を出す。


「カナは、見てねーだろ!」

「見てないから、聞いてんでしょ!」

「じゃ、信じろよ!!」

「いや、ムリ!」


 ああ、もう! 生きものじゃないんだから!


「あのね、『巨人』っていうけど、そんなのじゃない! あれは、ただの機械なの! ひとりでに、動き出す……なん……て」


 あ? いや……まさか。


 ふと『ギルボア』のある場面がフラッシュバックする。主人公フィクレットが、GLBα5に乗ることを拒もうとするシーン――


「オイ!」


 フェリーチャは、私の表情を見逃さなかった。パッと立ち上がり、ズンズン詰めよってくる。


「カナ! その顔、ゼッテェなにか知ってるだろ!?」

「い、いや」


 ぼんやりと思い当たる理由はあるけど、頭のなかの整理が追いつかない。


「私は……なっ、なにも……し、知りませんよ?」

「ウソつくの、ヘタすぎかよ!!」


     ◇


「ああ、みなさん! ご一緒にお帰りで」


 私たち四人――レオ様、フェリーチャ、ミチャと私――が戻ると、ソファーでくつろぐマテ君が、ニコニコしながら声をかけてくれた。ジャコちゃんとアル様は自室に引き上げたのか、姿が見えない。


 気がつくと、外は雨が降りはじめている。


 フェリーチャとミチャは、さぞ疲れたという感じで居間のカーペットにへたり込んだ。


「ずいぶん大きな音がしてましたけど、なにかあったんですかぁ?」


 緊張感のない質問。近所のノラ猫がケンカでもしましたか、みたいなテンションだ。悪意のないことがわかる分、かえってイラッとくる。


「大したことねーし。爆発に巻き込まれて、死にかけただけ」


 フェリーチャさん、不機嫌度MAX!


「リリリ、リーチャさん!! じょ、冗談でも、そんなこと!」

「ハァ? 冗談なら、もうすこし気の利いたこと言うだろ」


 パニクったマテ君が、おどおどしている。


「レ……レオナルドさぁん」


 助けを求めたマテ君に、レオ様は短く答えた。


「まずは、カナ殿の話を聞くのがよかろう」


 え、私に振る? まあ……そうなるか。


「カカカ、カナさん、いったい、なにをしたんですか?」

「いや、なにもしてないって!」

「巨人の秘密を知っているそうだ」


 レオ様が素っ気なく言う。


「ひ、秘密?」

「秘密ってわけじゃないんだけど」

「さっきは、しらばっくれてただろ」


 床に倒れこんでいたフェリーチャが、そのままの姿勢で言った。せめて顔ぐらい起こそうよ。


「隠してたとかじゃなくて、その、忘れてただけっていうか……」

「忘れてたで済んだら、警察いらねーんだよ!」


 それはそう、だけれども!


「わかったよ、わかりました! 知ってることはちゃんと話すから!」

「では早速、話をうかがおうか」


 そう言いながら、レオ様がテーブルのほうを指す。


「ちょっと待って!」


 レオ様は、怪訝そうな顔で私を見た。率直に言って、とっても怖い。

 

「あの……夕食のときでも、いいですか? みんながそろったときに。さっきの爆発で、地下ガレージの天井も崩れてたでしょう? あのままにもしておけないから」


 レオ様の表情が、すこし穏やかになる。


「了解した。楽しみにしておこう」


 まあ、楽しくなる要素、一個もないと思うんですが。


     ◇


 部屋に戻って、まずはPCの前に座った。テーブルの上には、彫刻刀と未使用の木材が雑然と置かれている。


 とにかく、やることを整理しないと。


 地下ガレージから戻る前に、ちょっとだけ状況を確認しておいた。火は消えていたけど、ところどころ煙が出ている状態だった。


 最初に目に入った「貴族の館」号は大破。船体後方がグニャリと変形して、外側もすすや油でひどく汚れていた。あれはもう飛べないだろうな。私の魔法って、の機能はないんだよね。


 それに比べると、あれだけ派手に倒れたわりに、GLBα5のほうは無傷に見えた。さすがだ。


 ほかの船も損傷なさそうだったけど、困ったのは、地下ガレージの天井、つまり地面に大きな穴が空いていること。あのままにしておくわけにはいかない。光学迷彩があっても、地表が陥没していたら、さすがに外から見つかってしまう。早急に対処しないと。


「うーん、どうすっかねぇ」


 無事だった船は残しておきたい。でも、航行不能の「貴族の館」号は撤去しないといけないし……。


 最大の問題は、GLBα5だ。あれ、どうやって動かすよ? まあ、ふつうに考えて、するしかないんだが。でも、いったい


「もしユウトさんいたら、頼まれなくても、よろこんで乗ってくれそう」


 私の目は自然と、PCのわきに置いてある『完全版〈宇宙艦隊ギルボア〉詳細設定集』に向いていた。重たい本を手に取って、ページをめくる。


「えーと……なんて言ったっけ?」


 だいたい『ギルボア』は設定が細かすぎて、用語が覚えられんのよ。たしか、「感情なんとかシステム」だったはず。


 あ、これだ! 開いたのは、GLBα5を紹介するページ。探していたキーワードは、「情意感受性駆動システム」だった。


     :::::: :::::: :::::: :::::: ::::::


 GLBα5――国連防衛機構が、地球宙域の防衛を目的として建造した「掃宙」の試作機。実際には、火星で極秘開発された近接戦用の新型兵器である。


 外惑星同盟による無人工作機隊の破壊活動を封じるべく、最新テクノロジーの〈情意感受性駆動システム〉を装備する。パイロットの判断より早く、効果的な移動・攻撃を実現できる反面、コントロールが困難であり、暴走の危険を伴っている。


     :::::: :::::: :::::: :::::: ::::::


 てか、漢字多すぎだろ。こんなの、昭和の小学生たちは、ちゃんと理解できたのかよ?


 とにかく、GLBα5が立ち上がったのも、この「情意感受性駆動システム」が作動したとすれば、説明がつきそうだ。ひょっとすると、最初に右腕が動いたときだって、犯人はミチャじゃなかったのかもしれない。





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