第80話:ウ・ストゥーフナ?

「ちょっとよろしいですか?」


 昼食後はひとまず休憩。私も食堂を出ようとしたところで、アル様に呼びとめられた。


「はい。なんでしょう?」

「手伝ってもらいたいことがあるんです。よろしければ、マッテオさん、ジャコモさんも」


 雑談していた二人にも声がかかる。


「ええ、もちろん」


 ジャコちゃんと顔を見合わせたマテ君が答えた。ぽわは、昼寝でもするのか、さっさと部屋に引き上げたらしい。


 フェリーチャがレオ様についていったので、居間にはミチャだけだった。たっぷり食べて満足した様子で、カーペットに寝そべっている。

 

 そのミチャを指さして口を開きかけたマテ君に、アル様はなにも言うなと合図した。


「?」

「今はまだ」


 首をかしげるマテ君に、アル様が説明する。


に気づかれたくないんです」


 アル様の指示はこうだった。


 今からここに、さっき用意した木の彫り物を持ってくる。アル様がこれ見よがしに自慢するので、私たちは、さぞステキなものであるかのようなフリをして、楽しそうに会話をしてほしい、と。


 正直、ハァ? って感じだけど、あくまでミチャの興味を引くことが目的だと言われた。


     ◇


 彫り物を袋に入れて運んできたアル様は、食堂のテーブルの上にペンとメモ用紙を置くと、袋から大きめの「作品」を取り出した。昼食前、最後に作っていたやつだ。


「これなんですよ。みなさんにお見せしたかったのは!」


 前もって説明を受けていたけど、私たちはとっさに反応できず、黙ってしまう。


「ほら、みなさん! お願いしたとおりに!」


 アル様が、小声でリアクションをうながした。そう言われてもなあ。


「ウ、ウ……ウワァ! す、すばらしい出来ばえですね!」


 ヘタくそかよ、私。


「こ、ここ、こっ、これは! か、かのうるわしき!」


 がんばってマテ君も、話をつなげる。


「う、うるわしき……」


 めっちゃ声ちいさい。


「せせ、聖母マリア様……の?」


 なぜ疑問形?


 その様子を見て、なんとか笑いをこらえていたジャコちゃんが、とうとう吹き出した。


「なるほど! これはいかにも、マリア様にふさわしいね!」


 ジャコちゃんが、大げさに反応する。


「そ、そうかな?」


 どう見ても、聖母マリアというより、ダイエットに失敗したか、ハロウィーンの仮装で攻めすぎた土偶という形容のほうが、しっくりきそうだった――自分で言ってて意味わからんけど。


「で、いったいこれ、なんなんです?」


 笑いの止まらないジャコちゃんが尋ねる。


「さあ? 私もわかりません」


 まじめな顔で答えるアル様に、マテ君までつられて笑い出した。


「アハハハ! アルフォンソさんにもわからないって、メチャクチャです!」


 もう、なんなんだ、このノリ? なにがおかしいのかわからないけど、私も笑いが伝染する。みんな、疲れがたまり過ぎて、笑いのツボがバグってるよね。


 ミチャは? と思ってチラリと目をやると、さっきまで寝そべっていたカーペットから姿が消えている。作戦、失敗?


 ――と思いきや、いつの間にか、最前列に陣取ってた(笑)。


 マテ君の隣で浮遊しながら、めっちゃ目を見開いて彫り物を凝視している。それから、が外れたように笑い続ける私たちの顔を不思議そうに見上げた。


 なにごと? って、気になるよね。でも、ゴメン。ミチャには直接話しかけないよう、アル様から念をおされているのよ。


「……フナ」


 マテ君のそでを引っ張りながら、ミチャが小声でつぶやいている。


「い、いやぁ、み、見事ですねー」


 あやうく返事しそうになったマテ君。グッとこらえて、うわずった声で芝居を続ける。


「……フナ?」


 もう一度、今度は私のほうを見上げて、ミチャが言った。短いフレーズだけど、よく聞き取れない。


「あと、こんなのもあるんですよ!」


 その様子を見ていたアル様が、すかさず袋から二つ目の「作品」を取り出す。「私」の頭の次に作っていた小さな彫り物だ。


「ほら、どうです? 美しいでしょう?」

「ほんとですね、アルフォンソさん! さ、さすが!」


 われながら、ぎこちないリアクション。あいかわらず、なんの像かさっぱりわからない。


「テオ、これは……なんだろうね?」


 ジャコちゃんが面白がって、またマテ君をイジりはじめる。


「えええっ? なな、なんで私に振るんですか!?」

「きっといいアイディアがあるにちがいないと思って」


 またみんなで盛り上がるけど、ミチャはおいてけぼり。なんか、ちょっと気の毒になってきた。てか、この芝居、なんなのよ?


「ウ・ストゥーフナ!」


 ミチャが大きな声で叫んだ。相手にしてもらえないので、さすがにイラッときた様子だ。


 一瞬、アル様が鋭い目つきでミチャを見つめたと思ったら、すぐいつもの営業スマイルに切り替わる。


「ミチャさん」


 アル様は、サッとの像を袋から取り出すと、指さしながら、こう尋ねた。


「ウ・ストゥーフナ?」


 はい? これ、さっきミチャが言ってたフレーズ?


「カナ! ウ・カナ!」


 ミチャはうれしそう答えると、その像を指さしながら、私のほうを見上げた。ひょっとして、会話……成立してる?







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