第79話:ミチャのオモチャ

 GLBα5は、近くで見るとやっぱり迫力がある。当時のロボットアニメの常識を打ち破ったという、グレーとブルーが基調のなかなかシブい配色。


 貨物庫の奥に頭があり、足を入口に向ける形で横たわっている。シートで覆われているせいで、左脚に刻印された型式表示が隠れて、「α5」までしか見えない。


 その巨大な機体を見下ろすように、フワフワとただようミチャ。そこだけ見ると、無重力状態の宇宙空間かと錯覚する。もちろん、自力で浮いてるんだけど。


 誰もミチャのことを気にとめている様子はない。GLBα5も、みんなにとってはただの巨人の像だ(ただの巨人とは?)。目新しいものを前にミチャがはしゃいでるだけにも見える。


 でも、私には「ユートサン!」という声がはっきり聞こえた。


 ナギちゃんと電話しているときは、たまたまかと思ったけど、やっぱりユウトさんのことか? なにしろ、目の前にあるのは『宇宙艦隊ギルボア』の主役級ロボットだ。偶然にしては、できすぎている。


「これはいったい、なんであろう?」


 隣に立ったレオ様が尋ねる。


「なんでしょう……船の積荷かなあ?」


 まったく答えになってないけど、まあ、間違ってもいない。


「兵器のようにも見えるが……」

「エッ!?」


 さすがは戦争のプロ。鋭いです。


「そ、そうですか?」


 ひとまず、しらばっくれてみる。


 この間だってレオ様は、手段さえあれば、すぐにでも五百円玉星まで遠征に行きかねない様子だった。


 でも、『ギルボア』に登場するロボットたちは、操縦のむずかしい兵器として描かれている。なかでもGLBα5は、訓練中に多数のパイロットを死亡させたという、いわくつきの設定だったはず。


 これを使って出撃なんてことになれば、その二の舞になりかねない。そもそも私に操縦方法の説明なんて――


「アアッ!!」


 ふと目を向けた先の光景に、思わず大きな声が出る。


「どうしたの、カナ?」


 驚いたジャコちゃんが、尋ねた。そのせいで、みんなが私に目を向ける。今のやつ、誰も気づいてないといいんだけど。


「あ、いえ! その……ほら、マッテオがひと足先に戻って、お昼を作ってくれてるでしょう? そろそろ帰らないと、悪いかなぁって、突然思い出して!」

「ったく、大げさかよ! 声、デカすぎんだろ」


 フェリーチャの冷たいツッコミ。よかった。彼女も見てなかったらしい。チラリとGLB α5に目を向けると、ミチャも振りかえって、こちらを見つめている。


 ほんの一瞬だけGLB α5の右腕は、もとの位置に戻っていた。ミチャが動かそうとしたにちがいない。


 ミチャのオモチャにされたら、エラいことになる。ワイヤーで固定されていたおかげか、あまり高く上がらなかったので、目立たずに済んだ。


     ◇


 ひととおり「巨人」を眺めたところで、昼食を食べに戻ることになった。


 居住スペースに向かう通路で、私の前をミチャとフェリーチャが、手をつないで歩いている。


 ミチャとユウトさんのつながり、気にはなる。けど、ミチャに尋ねたところで、こちらが知りたいことは聞き出せないだろうな。


「残念だけど、ガルガンテュア君、生きてる感じはしなかったね」


 ぽわがまた余計なことを言い出す。ていうか、勝手に名前つけんな。


「もう死んでいるのだろうか?」


 ちょっと残念そうな口調のレオ様。うーん、機械だから、生きてるとか、死んでるとかないんですけどね。


「そういえば、前に聞いた話ですが」


 アル様が、話に加わった。


「あるユダヤの高僧が、粘土で作った人形に命を吹き込み、意のままに操ったという言い伝えがあるとか。ええと、なんという名前だったか……」

「へえ! 粘土で作れるなら、安上がりだね」


 ぽわ男が応じる。


「安上がりかもしれぬが、あの敵の攻撃を受けたら、一撃で破壊されてしまうだろう」

「ああ、もう。これだから、レオナルドさんは! 戦争なんて野暮なことより、もっといい使い道があるだろうに!」


 戦争が野暮っていうのは賛成だけど、ぽわ男がそんなもの手に入れたら、絶対悪用しそう。


「みなさん、おかえりなさい! すぐに食事ができますよ!」


 キッチンから出てきたマテ君が、私たちを出迎える。おいしそうな匂いが、通路までただよっていた。


     ◇


 昼食後のひととき。別動隊に出ていたみんなは、敵星から連日の攻撃を受けたせいか、かなり疲れが感じられた。


 ついさっきまでマッタリしていたのに、今の雰囲気は最高度にピリピリしている。これからの予定が話題になったとき、今日はちょっと休息をとりましょう、と私は提案した。


「ボクは賛成。カナが言うならね」


 今にもアクビしそうな声で、ぽわ男が言う。


「私も、反対はしないが」


 レオ様が短く答えた。イラだっている様子が、声から伝わってくる。


「まずは、あの敵星を偵察しないことには、この先、こちらも動きようがない。それともカナ殿に、なにか腹案がおありか?」


 フクアンって、なに? まあたぶん、アイディアとかプランってことだよね?


「特にない、ですけど」

「目下最大の目的は、ペーター殿を見つけ、救いだすことだ。だが、現状のままでは、こちらの生存すら危うい。そうなれば、元も子もなかろう」


 レオ様がまっすぐ私の目を見る。厳しいけど、整った顔立ち。こうして向き合うと、頬の傷には普段以上のすごみが感じられた。


 おっしゃることは、ごもっとも。ただ、シールドだって百パーセント安全じゃないことが、期せずしてわかってしまった。今のままだと出ていっても、また集中砲火をくらうだけだし……。


「たださ、レオナルドさん。『ゆっくり急げ』とも言うじゃないの」


 沈黙が続くなか、助け舟を出してくれたのは、ぽわ男だった。


「……わかった。無論、はカナ殿だ」


 そう言ってレオ様は立ち上がると、席を立つ。


「あ、あの……!」


 呼び止めようとするけど、レオ様は振り向くことなく、足早に食堂を出て行った。ジャコちゃんは、私と目が合うと苦笑しながら、首を横に振る。「追わないほうがいいよ」ということらしい。


 同じく立ち上がったフェリーチャが、キッと私をにらみつけると、レオ様の後を追いかけた。


「怒らせちゃったかな?」


 途方に暮れて、ジャコちゃんたちに尋ねる。


「どうかな。でも、レオナルドさんは戦場の経験がある。その分、責任も感じてるんだろうね」


 それもよくわかる。素直にしたがったほうがよかったのかもしれない。


 うーん、「指揮官」ねえ。アル様にも言われたな。正直、私には荷が重い、なんて口が裂けても言えないけど……。



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