第78話:私、すげえ

「うーん、ちょっと待ってね」


 通信装置の画面を通して見る「貴族の館」号のパネル。ジャコちゃんの手がブレてちょっと読みにくいけど、WARNINGってことは、警告メッセージなんだよね?


 次に目に入ったのは――


 OXYGEN DEFICIENCY


 えっと……(笑)。最初の単語は見たことあるぞ。あ、そうだ。辞書のアプリ、なかったっけ?


 スマホを見ると、やっぱりある! 英語の先生が教えてくれたからインストールしたけど、二、三回しか使ってないな。英語キライすぎなのバレバレで草。


 いや、そんなことより。oxygenっと……。


 さ、酸素っ!?


「ちょっと、みんな! 酸欠になってない?」

「サンケツ?」


 ジャコちゃんが答える。


「酸素が足りなくなること。ていうか、息苦しくない!?」

「サンソっていうのがわからないけど、息苦しくはないよ」


 もしほんとうに酸欠なら、気づいたときには、手遅れなんだろうな。


「みんな、このままだと危険なの。とにかくすぐ帰ってきてください!」

「レオナルドさん、どうしましょう?」


 ジャコちゃんが、画面外のレオ様に尋ねる。


「事情はよくわからぬが、カナ殿がそうまで言うなら、したがうほかない。攻撃に注意しながら、帰還しよう」

「ぜひ、そうしてください!」


     ◇


 みんなが戻ってくるまで、気が気でなかった。


「こここ、今度こそ、ダダ、ダメかと思いましたぁ」


 最後に船から降りてきたマテ君が、私たちを見るなり、泣きそうな顔、いや、泣き顔で抱きついてくる。


「無事に帰ってきてくれて、ありがとうね。おつかれさまでした」

「あんなとこで、くたばってたまるかよ!」


 毎度、容赦のないフェリーチャさん。


「てゆーか、アンタがすぐ逃げたから、助かったんだろ」


 言葉はキツいけど、さりげなくマテ君をフォローしている。


 レオ様によると、今度の攻撃はすこし様子が違ったらしい。昨日のは赤いビームだったけど、今日の攻撃はほとんど目に見えなかったという。


「え? 見えないのに、攻撃されてるってどうしてわかったんですか?」

「船外上空で大きな爆発があったのだ。かなり遠かったが、シールドに当たったのだろう。続けて、地表にも大量の着弾があった」

「ああ」


 ミサイルとかかな。まったく、隣の星から派手な攻撃しやがる。


 レオ様の説明を聞きながら、私たちは「貴族の館」号を見下ろすデッキに上がった。


「だが、一発だけ、シールドを貫通した」

「それがこれ、ね」


 船体後部には、派手な穴がいていた。畳一畳分くらいの外壁がなくなり、フレームがむき出しになっている。そりゃあ、酸素もなくなるわ。


 でも、この程度で済んでよかった!


「警報音を止めようと、みなで船内を見てまわったのだが、この位置にあたる船室だけはドアを開けることができなかった」


 はい。もし開いてたら、今ごろみなさん帰らぬ人となってます。


「そういえば」


 なにか思い出した様子のジャコちゃんが、口を開く。


「船内を調べてたら、不思議なものが見つかってね」

「不思議なもの?」

「うん、巨人の像? みたいな」

「巨人……?」


 まさかとは思うけど、それって――。


「実に奇妙な像だよ。ボクはぜひ、ガルガンテュアと命名したいね。アイツに修道院を建てさせて、アルフォンソ君を院長にすえる」


 脳天気に、ぽわが応じた。あなたの意見は聞いてませんが?


「あいにく私は、先約がありますので」

「そいつは残念」


 私の予感があたってるとしたら……。まあ、どうなるものでもないけど、とりあえず確かめておきたいな。


「その巨人の像、見せてもらっていいですか?」


     ◇


「こんなに巨大な鉄のかたまりが、空を飛ぶんですね」


 ジャコちゃんたちの案内で貨物庫に向かう途中、アル様が感心しながら言う。アル様にとっては、初めて見る宇宙船の船内だ。


 たしかに、デカい。さっき上から見下ろして、あらためて思った。長さだけなら、中学の修学旅行で見た奈良の大仏殿くらいありそう。今まで居住スペースしか入ったことなかったから、私も貨物庫は初めて。


 原作の設定だと、たしか定員は三十八名。窮屈なのもイヤだと思って定員十名に修正したけど、もともとは惑星間輸送シャトルだ。貨物用スペースが大部分を占めている。


「不思議ですよね。私も、空飛ぶしくみとか、よくわからないんですけど」

「ヨーロッパに、これを持ち帰ることができれば……」


 アル様が、なにやら妄想している。いや、そんなことしたら、歴史が書き換えられちゃいますよ。


「ここだったね」


 ジャコちゃんが貨物庫の入口で立ち止まった。ドアの上半分はガラス張りで、室内の様子が見える。


「あれが?」


 照明が消えているせいか、ドアの向こうに横たわるが、人の形をしているようには見えない。返事のかわりにジャコちゃんは、入口を操作してドアを開けてくれた。


「最初はなんだかわからなかったんだけど、上にのぼると、人の形をしているのがよくわかるよ」


 そう言いながらジャコちゃんが、貨物庫の二階にあたる作業用ブリッジに私たちを案内する。階段をのぼるにつれて、の全体像が見えてきた。


 やっぱり、予感どおり。


 これは『宇宙艦隊ギルボア』の主人公フィクレットが輸送船のなかで見つける極秘開発プロジェクトの試作機GLBα5だ。一部がシートに覆われ、輸送用にガッチリ固定されているところまで、『ギルボア』第一話の登場シーンをかなり忠実に再現している。


 輸送船だけ描いたつもりだったけど、なにげに「積荷」のほうまで、原作設定どおり描いちゃったってことか。私、すげえ。


 作業用ブリッジの上までのぼると、みんなが感嘆の声をあげた。「巨人」は静かに横たわる。身長は、ゆうに電車一両分くらいありそうだ。


「ガルガンテュア君、まだ生きてるのかな?」


 ぽわ男が、尋ねる。


「どうでしょうね」


 私は、わざとトボケてみせた。GLBα5が「生き返る」には、パイロットが必要だ。けど、この機体、誰にでも操縦できるわけじゃない。


 そのときミチャが、ブリッジから勢いよく飛び出した。ガランとしてよく音の反響する貨物庫に、うれしそうな声が響きわたる。


「ユートサン!!」


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