第77話:警報音

 私がぼんやりしているうちに、アル様は、正体不明の彫刻をもう二つ仕上げてしまった。いや、完成した状態を知らないので、これで「仕上げた」ことになるのかどうかはわからない、と言うべきか。


 なんとなく「上手に」彫られている気もするけど、全体としては、雑多なパーツがデタラメに組み合わされたようにしか見えない。


「で……」


 あらためて訊ねてみる。


「これって、なんの像なんですか?」

「うーん、なんでしょうねえ」


 またはぐらかされた。ま、いっか。


「それより、カナさん」

「はい」

「さっきからこれ、なんの音でしょう?」

「音? と言いますと?」

「あれ? 聞こえませんか?」


 じっと耳を澄ましてみる。たしかに。なにか聞こえる……けど、ほんとうに微かな音だ。音のするほうに目を向けると――


「あっ!!」

「ど、どうしました!?」


 壁際のテーブルに置いたままの通信装置に駆けよる。音はここから出ているみたいだ。


「なにかあったんでしょうか?」


 心配そうにアル様が尋ねる。


「はい、おそらく」


 画面を壁に向けて置いていたらしい。映像が壁に反射して赤く明滅している。


 なんだ、この光? イヤな予感がする。


 通信装置を手にとると、画面全体がうす暗かった。救急車のライトみたいに点滅する光で、船内が赤く照らされている。


「誰か! 聞こえますか!?」


 応答がない。


「誰か!!」


 血の気がすっと引いていく感覚。マテ君たちの別動隊になにがあった?


「カナさん」


 隣に立つアル様が、落ち着いた声で言う。


「こちらの声、向こうに聞こえているでしょうか?」

「え?」

「気のせいかもしれませんが、妙に音が小さいような……」


 言われてみると、船内に響いているらしい警報音が、微かにしか聞こえない。


 私は、通信装置についているスイッチやツマミを調べてみた。こちらの声は送信状態になっているけど、なぜかスピーカーの音量はめっちゃ下げてある。テーブルに置いたとき、なにかのはずみでツマミを動かしてしまったらしい。


「ウワッ!」


 音量を上げたとたん、スピーカーを通して、耳ざわりな音が響く。これ、どこかで聞き覚えがあるような?


「変わった音ですね」


 電子音がめずらしいんだろう。さっきアル様が言ってたのは、この警報音にちがいない。ボリューム最小だったのに、これが聞こえてたって、やっぱりこの人、地獄耳なのかも。


 そうか、思い出した。これって『宇宙艦隊ギルボア』に出てくる警報音では?


 火星からの難民を乗せた民間輸送船。警報音が鳴り響く大混乱の船内で、主人公フィクレットは、極秘開発中の新兵器GLBα5を発見してしまう。密輸集団が横流しされた軍用物資を運ぶのに利用する船だったため、除隊したパイロットだった彼は、意に反して初の実戦に巻き込まれる――という場面だ。


「また……攻撃を受けてるのかも」

「でも、みなさん、無事でしょうね?」

「心配です。反応ないので。こちらの声は、向こうに届いているはずなんだけど。誰か! 聞こえますか?」


 画面に変化はない。船内が映っているということは、「貴族の館」号は無事なんだろう。でも、つい悪いほうの想像をしてしまう。


「アルフォンソさん……どうしよう?」


 不安に駆られて、私は、目の前に立つアル様の顔を見る。冷静な表情のアル様は、私の肩にそっと手を置いた。


「まだ状況はわかっていませんよ。こういうときこそ、指揮官がしっかりしないと」

「し、指揮官? 私が、ですか?」

「ペトルス・リプシウスの捜索は、カナさんがはじめたことでしょう?」

「それはまあ、そうですけど」


 たしかに、ここで私が取り乱したところで、どうにもならないよね。まずは落ち着いて事態を把握しないと。


「カナァッ!!」

「ワワッ!」


 ボリュームを上げたスピーカーから、警報音を超える音量で聞こえてきたのは、フェリーチャの叫び声だった。


「なに神父様とイチャコラしてんだよ!」

「そうそう! フェリーチャちゃん、もっと言ってやりな!」


 ぽわの声が、後ろで言っている。


「イチャコラって、そんなんじゃないから!」

「こっちが何べん呼んでも、返事ねーし!」

「ゴメンて。ていうか、なにがあったの?」


 赤い非常照明も、警報音もそのままだけど、「貴族の館」号は、全員無事らしかった。


「敵星からの攻撃だ」


 代わりにレオ様が返事してくれた。


「油断していなかったと言えば、ウソになる。しかし、敵星が姿をあらわして相当の時間が経ってからの砲撃だった」

「被害が出たの?」

「見てのとおり、全員無事だ。今はまた、この星の陰に退避している。シールドの強化も役には立ったのだろう。ただ……」

「ただ?」

「これまた見てのとおり、照明と警報が奇妙なことになっている」

「モーッ! この音、気狂いそう! カナ、アンタ、なんとかしなさいよ!」


 激おこフェリーチャのアップ。たしかに、通信装置を通してても、かなり騒々しい。ずっとこんな警報音を聞かされてたら、頭がおかしくなりそうだ。


「通常の照明にもどそうとしているんだけどね。その方法がわからないんだよ。操縦席のパネルには、なんかメッセージが出るんだけど、あれ、何語なのかな?」


 今度は、隣から画面をのぞきこんだジャコちゃんが尋ねる。


「メッセージ? どんなやつですか?」

「ちょっと待ってて。今、見せるよ」

「フランス語に似てるけど、見たことない言語だな、あれは」


 ジャコちゃんが手持ちで通信装置をコクピットまで運ぶあいだ、ぽわ男が背後でなにか言っていた。


 ああ、英語のメッセージが出たんだな、たぶん。


「これなんだけど、見えるかな?」


 通信装置のディスプレイには、操縦席のパネルが映っている。いろいろな情報が表示されている画面の最前面に黄色の警告サインがあり、ビックリマークの横に大きく WARNING と表示されていた。


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