第76話:ちがうんですよ!

「そ、そうですか……わかってもらえますか」


 言葉と裏腹に、アル様の顔には「オマエにゃわからんだろ」と書いてある。


 しかーし! 見くびらないでもらいたい。ペト様が尊いという話、『チェリせん』オタがわからなかったら、ほかの誰がわかるよ?


「ペー……リプシウスさんは、背が高くてスラッとしてて、すこしさみしげなお顔のこともあるけど、ちょっと微笑むだけで、その場がパアッと明るくなるんです。

 頭の回転が速くて、話題も豊富。どんなことだって知っている、とってもすごい人なのに、私のバカな話にもちゃんとつき合ってくれて、私を励ましてくれたり、笑わせてくれたり……。

 普段はあんまり余計なことしゃべらないから、誤解されちゃうこともあるけど、でもでも、ほんとはすっごく面倒見いいし、思いやりも、頼りがいもある。とにかく、めっちゃ優しい人なんですよ!」

「……」


 唖然あぜんとして私を見つめるアル様。


「え……と、どうかしました?」

「カナさんって、こんなに早口になるんですね」


 そこかよ。


「え、そうですか?」


 だいたい、推しのこと語るのに、ゆっくりしゃべってられないでしょう!


「ただ」


 そう言いながらアル様は、途中になった彫刻のほうへ戻っていく。


「私が言いたいのは、そういう性格や外見のよさとは――」

「はい! ちがうんですよ! まったく!」

「え? ああ……はい」


 落ち着いて話そうとしても、勢いが止まらない。


「性格がいいとか、カッコいいとか――いや、もちろんカッコいいんですけどね――重要なのは、そういうことじゃないんです!!」

「ほう?」

「目の前にいるのはひとりの、生身の男性なのに、なんていうか、んじゃないかって感じるときがあるんです!」

「それは……興味深い」


 ひとことで言えば「尊い」なんだけど! うまく説明できてるかな? アル様は、黙って考えている。


「私が感じたことと、カナさんが感じたこと。比べるすべもありませんが、もしかすると近い感覚なのかもしれません」


 お、ちょっとは伝わったか。


「白状しますと、私は一瞬、本気で信じかけていたのです。この若者は、もしや復活した聖者ご自身なのでは、とね」


 私は、黙ってうなずいた。『チェリ占』で何度も読み返したエピソードだから、よく知っている。


「私だけでなく、その場にいた生徒たちも同じように感じていたはずです。感極まって、涙を流しながら彼の足下にひれ伏す者までいました」


 ひれ伏したくなる気持ち、わかりみが深い。


 気高き聖者。信徒たちを幾度も苦難から救った彼は、数々の迫害にも負けず、ついには命を落としてしまう。ん? 命を落とす?


「あれ?」

「なにか?」

「えっと、その、聖クレメンスさんでしたっけ? 錨といっしょに海に沈められた後、どうなっちゃうんですか? もう一度、信徒たちの前に現れるんですよね?」

「はい。聖クレメンスを慕う信徒たちは、追悼するための墓すらなく、困っていました。ところが、彼の命日になると、聖クレメンスを呑みこんだ海が、はるか遠く沖のほうへと退いたのです。そうしてようやく人々は、海の底に彼の亡きがらを見つけることができました」

「ああ、なるほど」


 それで、復活の場面があるのね。主人公が死んだままってわけにはいかないしな。それこそ、聖人の生涯を描く劇、最大の見せ場だ。


「聖クレメンスさんが、奇跡のようにふたたび姿をあらわす……感動的な場面でしょうね」

「ええ、ね」

「実際は、ちがったの?」


 と尋ねてはみたものの、その後なにが起きたのかは、だいたいわかっている。


「セリフと演技は、申し分ありませんでしたよ。生徒たちは、まだ台本から目が離せない状態なのに、リプシウスさんだけは、まるで自分の考えをそのまま語っているかのようでした」


 そこで終わっていれば、ペト様が類まれな才能を発揮したエピソードのひとつってことで済んだんだけど。


「私と生徒たちは心から感激して、彼のもとにかけ寄りました。まるでが起きたみたいだ、と言いながらね。そうしたら……彼、なんて言ったと思います?」

「なんでしょう。うーん、わからないなあ(棒)」


 知っているけど、私が言ったら、またあやしまれてしまう。


「『すばらしいですね、劇というものは!』」


 アル様が、声色を変えて言う。これ、ペト様のモノマネか?


「『奇跡を信じない者でさえ、奇跡を体験できるのですから』」


 ペト様にしてはめずらしく、余計なひと言を口にしてしまったってことだろう。奇跡を信じかけていた人たちからすれば、からかわれているように感じたとしても、不思議はない。そんなつもり、ペト様にはまったくなかったとしても……。


「思い出したら、腹が立ってきました」


 彫刻刀を握りしめながら、つぶやくアル様。こええよ。


 いや、もういい加減、許してあげよう! と言いたい気もするけど、気持ちはわからなくもない。


 奇跡を信じない者でさえ、奇跡を体験できる、ねえ。さすがペト様、うまいこと言うなあ――などと感心していると、アル様は、彫刻刀で仕上げにかかっていた。なんとも形容しにくい形状で、見れば見るほど、なんの像なのかわからなくなる。


「よし、こんなものかな」

「アルフォンソさん。さっきから思ってたんですが、それってなんなんですか?」


 アル様は、目を見開いて私の顔を見た。そして、出来あがった作品(?)をよく見えるように持ち上げる。


「わかりませんか、カナさんには?」

「はい。ごめんなさい。正直まったくわかりません」


 私の答えを聞いて、満足げに微笑むアル様。


「それこそまさに、聞きたかった答えです!」


 うーん。やっぱりこの人、ようわからん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る