第74話:神に仕える身

 ペト様のどこが好きか?


 うーん、なんと答えたものだろう。まあ、どう返したところで、アル様にイジられそうな気がするけど……。


「す……、かな?」


 われながら、一番ベタな答えをしてしまった。


「なんですって?」

「いや、だから……彼のすべてが好きっていう答えです。恥ずかしいんだから、聞き返さないでくださいよ!」

「ふーん…… ねえ」


 露骨につまらなそうな口調で、アル様は手を動かし続ける。木材の塊が、すこしずつ「私」っぽくなってきてるのは、やっぱりすこし気味が悪い。


「あの男の、どこにそんな魅力があるのだか」


 ム!? なんか今、聞き捨てならんことを聞いた気がする。


「ていうか、どうしてそんなことをくんですか?」

「どうしてって」


 アル様は、一瞬だけ手を止めた。


「いきなり別世界に連れてこられて、恋人探しを手伝わされる身にもなってくださいよ。そのくらい教えてくれてもいいでしょう」

「それはほんとに、申し訳ないです」

「まあ、いいんですけど」


 そのまま作業に戻るアル様。部屋には、彫刻刀をたたく木づちの規則的な音だけが響いた。


 しばらく続いたその音が止まり、アル様が残った木屑をササッとはらう。まるで自分の頭をなでられているような、奇妙な感覚。


「あの……」


 アル様の顔色を見ながら、思い切って尋ねてみる。


「はい」

「ひょっとして、リプシウスさんにを焼いてます?」

「ハア!?」


 思いっきり「ナニ言ッテンダヨ、コイツ?」的な顔をされてる。


「私が? ペトルス・リプシウスに? 冗談じゃない。カナさんが彼に夢中だから、私が嫉妬したとでも!?」

「なわけ、ないですよね……」

「もちろん、ありません!」


 そんな、食い気味に否定しなくても。


「いや、別に……カナさんに魅力がないという意味ではないですよ」


 とってつけたようなフォロー、ありがとうございます。


「ただ――」

「……ただ?」


 アル様は、すこし決まり悪そうな顔をした。


「いえ、なんでもありません」

「言ってください。すっごく気になるんですけど?」

「言いませんよ」

「えー」

「さて、次はどれを使うかな?」


 ん? はぐらかそうとしてる?


 アル様は「私」の像を脇によせ、テーブルの上にある木材のうち、さっきより小さめのものをひとつ選んだ。


「あれ、そっちはもう完成なんですか?」

「いえ、まだです。この後、ヤスリで仕上げます。でも、彫るのは、ひとまず終わりですね」

「なるほど」


 グレープフルーツほどの大きさの木材をしばらく眺めていたアル様は、なにかアイディアでも浮かんだのか、彫刻刀を動かしはじめる。


「次は、なにを彫るんですか?」


 邪魔しないようにと思いつつ、気になったので尋ねてみる。


「さあて……なんでしょうね」


 そう言いつつも、アル様の手つきには迷いがない。作業が早いのも驚くけど、集中力がハンパないな。私はまた、やることがなくなっちゃったから、ヤスリでも作るか。


「ねえ、アルフォンソさん」


 うーん、どうして黙って作業できないかな、私!


「ペトルス・リプシウスさんのこと、どうしてそんなに嫌いなの?」

「嫌い?」


 あ、やっぱりアル様が手を止めてしまった。


「ほら、その……今後の参考までに聞いておこうかなあって」

「いや、ちょっと待ってください。私が、彼を嫌っている?」

「はい……え! ちがうんですか?」


 そんなことないよね? ペト様のこと、強烈にディスってたし?


「まったくの誤解ですね」

「誤解?」


 アル様は、いったん彫刻刀を置くと、テーブルの上に用意していた水を二つのコップに注いで、一方を私の前に置いた。


「ありがとうございます」

「さっきは『嫉妬などしてない』と言いましたけど、正直、うらやましく感じることはあります。何度もね」

「そうなの?」


 なんだかんだ言って、焼いてんじゃん。


「はい……ああ、カナさんのことじゃないですから、誤解しないでくださいよ」

「そこは、念押ししてくれなくていいです」


 私が顔をしかめるのを見て、アル様はクスッと笑った。


「いやしくも私は、神に仕える身です。リプシウスさんが、どれほど女性の好意を集めたとしても、私のあずかり知らぬこと」


 ふーん、そんなものか。


「じゃあ、うらやましいっていうのは?」

「私もこれまで、いろいろな国でたくさんの人間を身近に見てきましたが、あれほどの才能に恵まれた人は、そうそういるものではありません」


 まあ、そうでしょうよ!


「もちろん、神の与えたもうた天分をうらやむなんて、愚かなことにちがいない。ただ、私が気に食わないのは――いえ、とても残念に思うのは、彼がその豊かな能力をいたずらに浪費していることです」

「才能の無駄づかいってこと?」

「はい」


 やっぱり気に食わないのでは?


「彼の天分をかせば、もっと多くの人々を救うことだってできたはず。しかし、占星医術イアトロマテマティカなどという怪しげな教説をろうし、善良な人々から法外な謝礼を巻き上げたりしている」


 それは、すこしちがうんじゃないの、と言いたい気もするけど、黙って聞いていた。


 ペト様は、貧しい人からお金を受け取らないこともある。瀕死のフェリーチャを治療したときもそうだった(交換条件はあったけど)。けど、私がそのことを知ってるのは、『チェリせん』を通してだ。ペト様が、人知れず救ってきた命もあるなんてこと、アル様には知りようがない。


 アル様は、ペト様を目のかたきにしているけど、ペト様の才能を高く認めているからこそ、イライラもするわけね。


「はじめて会った日のことは、忘れられません」


 飲みさしの水が入ったグラスを手にもったまま、アル様は、懐かしそうに言った。

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