第73話:そばにいてもらわないと困ります
探索部隊と通信している間に、アル様は、適当な大きさの木材をとって、なにやら作りはじめていた。
私は、なにもすることがない。すこし木材でも描き足しておくか。アル様を邪魔しないよう、そうっとPCの前に座った。
「すごいですね」
不意に、アル様が話しかけてくる。
「え? なにが!?」
「その通信装置という箱ですよ。はるか遠くにいる相手と、声や姿を送り合う。しかも、瞬時に。日本というのは、おそろしく文明の発達した国なのですね」
「ああ……」
『チェリ
いや、二十一世紀じゃすまないのか。「貴族の館」号は『宇宙艦隊ギルボア』に登場する星間輸送船、つまり、二十三世紀のもの(ただし架空の)だし……。
「一度、この眼で見てみたいものです」
「なにをですか?」
「話聞いてました?」
「もちろん。でも、見たいって、なにを?」
「日本という国をぜひ見てみたいということですよ」
「ああ……『福音をひろめる』ため、でしたっけ?」
アル様は、ピタリと手を止め、じっと私の顔を見る。なんかまずいこと言ったか、私?
「いえ別に、そういう
「?」
それだけ言うと、なにごともなかったかのように、アル様は作業に戻った。
◇
やっぱり、二人きりはちょっと気まずい。
アル様は、真剣な目つきで、彫刻刀と木づちを使っている。かなり手慣れた感じだ。
手持ちぶさたになったところへ、探索部隊からまた連絡が入る。五百円玉星が見える位置まで来たけど、砲撃はないとのこと。
「私の推測は、誤っていたようだ」
報告の最後に、レオ様が言う。もしミチャがターゲットなら、今ごろ攻撃を受けているだろう。予想が裏切られて、レオ様は、心なしかホッとしているようにも見えた。
「ですから、ミチャのせいでないと言いましたのに!」
画面の外から聞こえるフェリーチャの声。疑問は解決してないけど、攻撃を受けたのは、偶然が重なっただけかもしれない。ミチャが狙われていたんじゃないなら、ひとまず安心か。
「この後、マッテオ殿の操縦で、もうしばらく北東方面に進む予定だ」
「了解です!」
通信が終わると、また部屋のなかは静かになった。
それにしても――なにか、気になる。
ふと気がつくと、こちらをまっすぐ見つめるアル様と目が合った。鋭く刺さるような視線に、思わず目をそらす。
ああ。ぼうっとしてないで、仕事をしろと? はいはい。もうすこし木材、描いちゃいますか。私はまた、タブレットに向かった。
「……」
うーむ、まだ見られてるような気が……。私がゆっくり顔を向けると、案の定、アル様はずっと私を目で追っていた。
「ええと……」
当惑した私に、アル様は軽く微笑みを返してくる。ちょ、なに、そのスマイル!? 正直、怖いんですけど!
「ど、どうかしました?」
「いえ? まったく」
イヤイヤイヤ、絶対なんかあるでしょ、その態度! ひょっとして、怒ってたりします?
「あの……私がいると、お邪魔でしょうか?」
「とんでもない! むしろ、そばにいてもらわないと困ります」
それって、どういう意味だ? まさかとは思うけど、アル様、私に?
ン?
よく見ると、いつの間にやら木の塊は、人の頭ほどの大きさに削られ、顔らしい凹凸ができていた。もしや、この輪郭……。
「つかぬことを伺いますが、それ、なにを作ってるんですか?」
「さて、なんでしょう?」
素知らぬ顔で、作業を続けるアル様。なんだか、イヤな予感がする。
「私の顔を彫っているように見えるのは、気のせいですよね?」
「おや、正解! よくわかりましたね」
これほどうれしくない正解も、そうそうない。
「私の彫像でよろこぶ人は、あんまりいないと思うんですけど」
「そうともかぎりません」
アル様は、出来ぐあいを確かめるように、木の塊をいろいろな角度から眺める。
「普段なら見たくないようなものでも、絵とか像にすると楽しむことができる、と古代の哲学者も言っています」
「ちょっと! それ、どういう意味ですか!」
「あ、もちろん、カナさんのことじゃありませんよ!」
アル様はクスクス笑っている。からかわれてるんだろうけど、なんか腹立つなあ。
「そう! そういう表情が欲しかったんです」
そう言って、私の顔と見比べながら、ササッと木彫りの像に手を加えていく。
「変な顔の像、作らないでくださいよ」
「わざわざ変な顔にはしませんが、その人らしい表情でないと」
「え、私って、いつも怒ってるイメージ?」
「と言いますか、表情が豊かな人だと思っていました」
「はあ」
まあ、感情が顔に出やすいっていうのは、よく言われるけど。ていうか、なんで私の顔なのよ?
それにしても器用だ。作業も早い。見る見るうちに、顔の細かいところまで彫り上げていく。アル様、こんなスキルも持ってたとは。
「カナさんは」
「あ、はい!」
「ペトルス・リプシウスのどこが好きなんですか?」
え……? まさかの恋バナ!?
「こ、これはまた、突然ですね」
「……イヤ、ですか?」
「イヤってわけじゃないですけど」
もう! この人の行動、ほんとうにわからん!
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