第72話:ダメ出し
アル様のダメ出しが、エゲツない。
最初に頼まれたのは、私の絵を見せることだった。絵に描いたものが実体化するところを、実際に見てみたいという。まあ、それはそうよね。
「なんですか、これは?」
PCに保存していたファイルを適当に開くと、アル様は怪訝そうに尋ねた。
「おはぎです」
「オハギ? これ、ほんとに絵なんですか? 落書きにしか見えませんが」
たしかに、おはぎを知らない人には、わかりにくいか。
「れっきとした食べ物ですよ。われながら、リアルに描けてます。落書きだなんて、失礼な」
「食べ物? 冗談でしょう?」
そこまで言われたら、実物を見てもらう、いや、食べてもらうしかない。私は、ペンタブを使って、皿にのった二個のおはぎをササッと描き上げた。
「できました」
「?」
「後ろのテーブル、見てください」
「これが……オハギ、ですか?」
「はい。百聞は一見に
驚きの目でおはぎを見つめるアル様の図。なかなかシュールだ。
「どうぞ、召し上がれ!」
「食べるんですか? 私が?」
「ほかに誰がいるんですか?」
「たっぷり食べたばかりなのに……」
とか言いながら、迷いのない動作でおはぎをつかみ、ひと口食べる。続けて、ふた口。あっという間に一個平らげてしまった。めっちゃ食べるじゃん。
「なるほど」
「納得してもらえましたか?」
「はい。悪くない味です」
いや、味のことは聞いてないんだが。
「それはどうも」
「でも、手がベタつくのは、困りますね」
もー!! こんなイラッとするキャラだった、アル様って? 私はムッとしながら、画面に急いでおしぼりを描き足した。
「どうぞ! これで手を拭いてください!」
「かたじけない」
指についたあんこをのんびり拭いているアル様が、不意に私の顔を見て、吹き出した。
「もう、なんなんですか!?」
「アハハ、ごめんなさい。ちょっと知ってる人を思い出したもので」
そんなの、知らんし!
「で、手伝うって、なにしたらいいんですか?」
「彫刻刀」
アル様が、もう一個のおはぎを差しだしながら言った。別にお腹はすいてないけど、イライラしているので、思わず手に取る。
「はい?」
「あれ、ちがうかな。チョウ・コク・トウ?」
「あ、それはわかります。木とかを削るやつですよね?」
「そう、それです! それを描いてほしいんです!」
でも、そこからが大変だった。
◇
えっと……彫刻刀って、どんなだっけ?
画面とにらめっこで、何度か描き直す。大昔に図工の時間で使わされたことあるけど、それ以来、見たことも触ったこともない。そういや、苦手だったな、彫刻刀。
「うーん、これじゃあ、短すぎますね」
「短い?」
「ほら、この
木づちで叩くやつなんてあるのか。ああ、大工さん(?)とかが使ってる感じ? 当たり前のことだけど、自分がよく知らないものは描きようがないのであーる。
そこからも、怒濤の注文が続く。やれ、刃の鋭さが足りないだの、刃先のバリエーションが欲しいだの……。ようやくОKが出たときには、十八本の彫刻刀(?)ができ上っていた。うち十三本は、不合格。
「次は、木材ですね」
「へ? もく、もくざい? 木材って
「ほかに何があるんですか?」
「えー! まだ描くの!?」
「当然ですよ。なんのために彫刻刀を用意したと思ってるんです?」
いや、なんのためかは、まだ聞いてないです。ま、いいや。木の塊くらい、チョチョチョイで終わりだ。
「うーん、これじゃあ、目が粗すぎますね」
「目が?」
「ほら、木目がゴツゴツしすぎていて、細かい加工がしにくいんですよ。だから、もっと目の細かい材質じゃないと」
「なんの木ならいいんですか?」
「そうですね。たとえば、クルミとか……」
聞いても、ほぼ役に立たない情報だった! クルミはもちろん食べたことあるけど、イメージできるのはせいぜい殻まで。クルミの木って、どんなんだ?
「ク、クルミ……ね。わかりました」
手もとのスマホをチラ見する。今日も、電波は来ていない。ああ、せめてゴーゴルで検索できればなあ!
「どうかしましたか?」
「いえ、別に」
悩んでもしょうがない。とりあえず「クルミだ」と自分に言い聞かせて、描いてみよう。
「うん。これ、いいじゃないですか」
「ほんとうに?」
「はい。では、これと同じ材質のものを二十個ほど、いろいろ大きさを変えて、描いてください」
「に、二十個!?」
うーむ。人使い、荒いな。
次の木材を描こうとすると、通信装置に連絡が入った。
「こちら、探索部隊。聞こえますか?」
マテ君の声だ。
「はい、よく聞こえてます。そちらはどうですか?」
相談の結果、偵察機に分かれて乗るのでなく、全員が「貴族の館」号で探索に出ている。小型機のPY37γ5より高速で飛べるし、シールドも強化したので、より安全なはず。
マテ君は、万一に備えて、丸一日分の食料まで用意してくれた。
「順調です。現在、北東の寒冷地帯を航行しています」
「ずいぶん遠くまで来たんだね」
ペト様の作成した地図は、この星の一部しかカバーしていない。「貴族の館」号ならもっと遠くまで簡単に行けるので、今回は地図外の北東方面に向かっている。
「はい。先ほどから、ジョフロワさんに操縦を替わってもらっているんですが、地表では雪が降ってますよ。はじめて見ました」
「へえ! 雪?」
マテ君は、通信装置を動かして、船外モニターに映し出される雪景色を見せてくれた。画面の外から、ミチャたちのはしゃぐ様子が聞こえてくる。
「もう間もなく、敵星が見える範囲に突入する」
レオ様の声だった。五百円玉星からの攻撃がほんとうにミチャを狙ったものなのか、検証してみるというレオ様の提案だ。あえてミチャを連れて危険領域に行くことで、敵の出方を見る。そのための強化シールドだった。
「了解です。お気をつけて!」
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