第71話:上級者向け?

「あ、あの……」


 私は、思わずアル様に聞き返した。


「ミチャに質問する方法って、どんなのですか?」

「あまり期待しないでくださいね。成功する保証はないので」


 まあ、わかってますけど――やっぱり、ちょっとは期待してしまう。


「まずは、カナさんから、詳しい説明を聞かせてもらわないと」

「説明?」

「どうしてペトルス・リプシウスを探すのか、ですよ」

「ああ、そうでした!」


 家のなかに入ると、焼きたてのパンの香が漂ってくる。もうみんな起きてきて、朝食のテーブルを囲んでいた。


「ったく、おせーよ!」 


 真っ先に、フェリーチャの文句が耳に飛び込む。これはもう、あいさつみたいなもの。


「ごめん、ごめん」


 そう言って席につこうとすると、フェリーチャの隣にいたレオ様が、すっと立ち上がった。


「神父様」


 アル様に、うやうやしくお辞儀をする。


「ええと……」

「お忘れかもしれません。レオンハルト・ツィーグラーです」

「ああ、先生ドットーレの身辺警護をしておられた?」

「よくご記憶で」


 あれ? 気のせいか、この二人が並ぶ光景、どっかで見たことあるような……。ん? 「見た」こと?


 そもそも『チェリせん』のなかで、アル様とレオ様が絡むエピソードは、そんなに多くない。どのシーンだろう? それとも「デジャヴ」ってやつか?


「リーチャ」


 レオ様は、つまらなそうに座っていたフェリーチャを立たせると、あいさつをさせた。


「ごきげんよう、神父様。フェリーチャと申します」


 にっこり微笑んで、お辞儀をする。そういう語彙、普段どこにしまってあるんだ?


「お嬢様ですか?」

「いえ、養女です。いくさで家族を失くしておりますので」

「それはお気の毒に」


 アル様は、小声でなにかを唱えながら、フェリーチャの頭に手を置いた。そこへ今度は、ぽわ男があいさつする。


「神父様」


 口調はうやうやしいけど、コイツが言うと、なにか裏がありそうな気がしてくるな――。あれ? そう言えば、この場面も、前にどこかで……?


「これはこれは、ド・ポワスィ殿」


 アル様も、顔はニコニコしているけど、そこまで再会を喜んでいるようには見えない。


「貴殿が、人探しを引き受けるとは」

「まったく! 女性ならいざ知らず、ボクが男を探すなんてさ!」

「人生、わからないものです」


 そう言いながら、二人は並んで席についた。


「でも、神父様が味方なら、心強い。迷える羊を探しだすのは、天職だしね?」

「さあ、それはどうだか」

「あっ!」


 二人の姿を見ながら、思わず声が出る。わかったぞ、デジャヴの出どころ。


 連想したのは、ナギちゃんから借りたBL同人マンガの一場面だ。ぽわ男が思わせぶりな態度でアル様を誘惑する、いわゆる「誘い受け」っぽい展開だったはず――。


「どうしたの、カナ?」


 ぽわ男が、不思議そうな顔でこちらを見ている。


「えっ? あ、ごめん。なんでもない」


 ナギちゃんのおかげで、BL二次創作もだいぶ楽しめるようにはなった。好きなカップリングなら、ひとりでに妄想が発動しちゃうことだって、なくはない。


 でもさすがに、身近にいる人を使って妄想することには、後ろめたさを覚える。師匠のナギちゃんいわく、上級者になれば、二次元だろうが、三次元だろうが、どんな男性の絡みでも想像できるようになるらしいけど……。上級者って。


「お待たせしました!」


 マテ君とミチャが台車を押して、食堂に入ってきた。パンやフルーツのほかに、見慣れない大きな鍋を載せている。


「新しい料理?」


 鍋を覗きこもうとすると、フタを開けたとたん、おいしそうな香と湯気が立ち上った。


「はい! 昨日のトマトがまだたっぷりあったので、スープを作ってみました!」


     ◇


「お尋ねしたいことはまだありますが、だいたい事情はわかりました」


 朝食の後、これまでの経緯をアル様にかなり詳しく説明した。他の人たちが、それぞれ見たことや考えたことを補ってくれたおかげで、アル様もおおよそ納得してくれたらしい。


「それにしても」


 アル様が、手もとのメモから目を上げた。


「この世界の住人が、ミチャさんしか見あたらないというのは、やはり奇妙ですね」


 例によって、話題の張本人は、フェリーチャと居間のほうに移動して遊んでいる。


「それに加えて、このいくさの異様さです」


 レオ様が応じた。


「私も、さまざまな戦場を経験してきた。しかし、誰が誰と、何のために戦っているのか、これほどまでにわからぬ戦場というものは、聞いたことがない」

「たしかに」


 アル様が、唇に人さし指をあてて、ふたたびメモを眺める。


「だからせめて、ミチャと直接話すことができれば、もうすこし状況がつかめるのでは、と思ったんです」


 私も付け加えた。自然とみんなの視線が、アル様に集まる。


「グアルティエーリさんが――」

「もしよければ、ジャコモとお呼びください。つい先ほども、そう呼んでくださいましたね」

「そう……でしたか? よろしい。では、お互い名前プレノーメで」

「よろこんで!」


 アル様は話を続けた。


「どうやら、ジャコモさんが妙な昔話を披露したおかげで、みなさん、誤った期待をもたれたかもしれない」

「昔話ってのは」


 ぽわ男が口をはさむ。


「神父……じゃなかった、アルフォンソ君が、どこぞの国の言葉をあっという間に身につけたっていう、例の話?」

「その『あっという間に』が、そもそも事実ではありません」


 アル様の言葉に、ぽわ男は肩をすくめた。


「数週間か数年か知らないけど、ボクに言わせれば、似たようなもんだよ」

「どちらにしても、あまり期待されては困ります。うまく行かないかもしれない」

「失敗をおそれていたら、女性を口説くことすらできなくなる」

「まあ、私の場合、特に困りませんが……」


 なんか変な話になってきてるぞ。


「ミチャと話す方法、すこしでも見込みがあるなら、ぜひ試してもらいたいです」


 私は、あらためてアル様にお願いした。


「はい、試すだけなら」

「では、ミチャ殿のことはアルフォンソ殿にまかせよう。空からの探索は、残りのメンバーで継続するということで、いかがか?」


 レオ様の提案に、反対の意見は出ない。


「ああ、ただ、カナさんにはお手伝いをお願いします」

「私?」

「はい。いくつかいただきたいものがあるのです」

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