第68話:また、あの男が!

 異世界の夜空。すぐにアル様は、見慣れない巨大な星に気づいた。


「あれは、いったい……?」


 500円玉星をじっくりと観察するアル様。驚きのあまり、無言のまま、窓際に立ちつくしている。


「カナさん」


 やっと私のほうに顔を向けると、アル様は、軽く咳ばらいをした。その手は、かすかに震えている。


「ここはヨーロッパでない、とおっしゃいましたね?」

「はい、言いました」

「それはまた、ここが……日本でもない、いや、という意味でしょうか?」

「そうなんです!」


 さすが、アル様。話が早い。


「とすると、ここはいったい、どこなのですか?」

「どこなのかは、私もよくわかりません。ただ、お察しのとおり、私たちが暮らしていたのとは、まったく別の世界です」

「まったく別の……世界?」


 そう言いながらアル様は、500円玉星と私の顔をかわるがわる見比べる。そのままふらふらと椅子に近づくと、ペタンと腰を下ろした。


 かなりショックを受けているみたい。『チェリせん』では、圧が強めの、冷徹なリアリストって感じだけど、ここまでうろたえている様子は、ちょっと新鮮だ。


「まさか、私……神に召されたわけでは……」

「あ、それは、ないですね」


 ぽわといい、アル様といい、みんなあっさり死亡しすぎ! 未知の世界に転移したら、自分が死んだって思うものなの?


「では、なぜ突然こんなところに来たんでしょう?」

「その答でしたら、簡単です」

「ほう?」

「実は、私があなたをこの世界にお呼びしたので……」

「なんですって!?」


 勢いよく立ち上がり、思わず大声になるアル様。


「し、失礼!」

「いえ、いいんです」


 驚きますよね、ふつう。


「ええと……カナさんが私を『呼んだ』とは、どういう意味ですか?」

「ちょっと長い話になるんですけど」


 そう前置きして、私は、この世界に来た経緯と、不思議な能力のことを手短に説明する。その間ずっと、アル様は部屋のなかを行ったり来たりしながら、聞いていた。


「絵に描くと、すべてが現実になる……?」

「わかっていただけましたか?」

「いえ、すぐに納得できる話ではありません」

「ですよねえ」

「ただ、どうして――」


 アル様が、私の目をのぞきこむ。


呼ぼうなどとしたのですか?」

「よくぞ聞いてくださいました! ぜひアルフォンソさんに、助けていただきたかったからです!」

「助ける? 私が……? ああ! なるほど、そういうことでしたか! それならそうと、早く言ってもらえばよかったのに」


 説明不要か。まあ、手間が省けていいけど。


「では、協力していただけるんですか?」

「すべては、父なる神の御心しだいですが、私の力のおよぶかぎりは……」

「えっと? 神さま、関係ありましたっけ?」

「もちろんですとも。のですよね?」

「はい! ペトルス――」

「――カナさんの魂を」


 ん?


「あのう……やっぱり、なにか勘違いされているような気が」

「おや、そうですか?」

「私の魂って?」

「ええ、救いたいのでしょう?」

「いいえ、そっちは間に合ってます」

「――そういえば、誰かの名前を言いかけましたね?」

「はい、ペトルス・リプシウスさん」


 アル様の表情が、瞬時に険しくなる。


「誰ですって!?」

「ペトルス・リプシウス、またの名をチェリゴの占星医術師イアトロマテマティクス。ご存知ありませんか?」


 こめかみに指をあてたまま、うつむくアル様。なにか小声でぶつぶつ言っている。


「あ、あの、アルフォンソさん?」

「また、あの男が!」


 苦虫を噛みつぶしたようなという表現があるけど、目の前のアル様の表情が、まさにそんな感じだ。どんな虫なんだろう、苦虫って?


「忘れたくとも忘れようのない、その名前! よりにもよって、未知の世界にまで来てヤツの名を聞かされるとは!」


 ああ、ダメだ。ペト様、そこまで嫌われてるのか。


 ペト様救出計画を相談したとき、真っ先にアル様の召喚をすすめたナギちゃんのことを、ちょっとだけうらんだ。


「やっぱり助けていただくこと……お願いできませんか?」


 アル様は、ふと我にかえったように、落ち着きを取りもどした。


「ペトルス・リプシウスを、私に、どうしろと?」

「一緒に探してもらいたいのです」

「はあ? あの男を? 私が?」


 心底呆れたような顔をしている。


「失礼ですが、彼とは、その……どのようなご関係で?」

「ゴカンケイって、言われても……」


 数秒間、気まずい沈黙が続いた。なんと答えたものか困っていると、アル様がため息をつく。


「野暮な質問でしたね」


 私は、ドッと疲れがきて、ベッド近くの椅子に腰を下ろした。窓際に立つアル様の姿が、500円玉星の明かりに照らされている。


 そりゃそうだよ。そんなに都合よくいくわけないじゃん。


「どうしてあの男ばかり、こうも恵まれるのですかねえ」


 私は、よろよろと立ち上がった。もう時間も遅い。


 まずは、寝ないと。


 召喚してしまったアル様の今後のことを考えるのも、消息不明のペト様を探すのも、全部その後だ。


「遅くまで、お邪魔しちゃいましたね。アルフォンソさんも、お疲れでしょう。どうぞゆっくりおやすみください」

「ええ、そうさせてもらいます」


 アル様が、部屋を出ていく私の背後から声をかける。


「お話の続きは、また明日うかがいましょう。おやすみなさい、カナさん」

「はい、また明日……ええっ!?」

「どうかされましたか?」


 不思議そうな顔で、アル様が私を見ている。


「今、なんておっしゃいました?」

「おやすみなさい、と。日本語、おかしかったですか?」

「いいえ、全然! じゃなくて、もうひとつ前です!」

「もうひとつ前? ああ。続きはまた明日うかがいます、と言いましたが、なにか?」

「続きを聞いていただけるんですか?」

「必要ないなら、私はかまいませんよ」


 アル様は、ちょっとだけイタズラっぽく微笑んだ。なんだよ、イケメンかよ。


「ぜひぜひ! お願いします!」

「はいはい。そのために私を呼んだのでしょう? ただ実は、まだ半信半疑なのです。悪い夢でも見てるのではないかってね」

「夢だったら、どうするんですか?」

「さっさと横になって、別の夢を見るに決まってるでしょう! では、おやすみなさい!」

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