第65話:センセーショナルな発見

 実験が成功した後、私たちはすぐに強化版シールドの生成装置を回収して、家に引き返した。


 ぽわ男は「気休め」って言ってたけど、家ごと吹き飛ばされる前に、逃げ出すだけの時間が稼げればいい。今ここで死ぬわけにはいかないのだ!


「カナ」


 家に着くと、マテ君に声をかけられた。


「今晩は、なにを食べましょうかね?」


 正直、なにも考えてない。500円玉星からの攻撃を逃れた後、すぐまた出発したので、考える余裕もなかった。ていうか、ぶっちゃけ、食事に関しては、マテ君に任せたほうが300倍くらいおいしい。


「うーん、これから考えようかなって思ってたところ」


 われながら白々しいウソ。


「じゃあ……パスタにしましょうか?」

「パスタ?」


 そう言えば、この前、パンを作るっていう話をしてたとき、日本にも小麦で作る麺はあるのかって聞かれたんだった。日本でもパスタはよく食べるよって言ったら、マテ君は驚いていた。


 自分では、まぜるだけの明太子スパゲッティくらいしか作ったことない。でも、普段キッチンに立たないお父さんが、パスタだけは自分の出番とばかり張り切って作ってくれる。麺はデュラムなんとかでないといけないとか、ゆで時間はどうとか、いらないウンチクを披露したがってうっとうしいけど、たしかにお父さんの作るパスタはおいしい。 


「いつもサラダに入れる赤い野菜。あれでソースを作ってみたいんですよ」

「ああ、トマトのこと?」

「そうです。トマトです!」


 料理の話になると、マテ君はほんとうに活き活きとした顔になる。トマトソースのパスタが好きだと話したら、「トマトのソースですか。なるほど」と、興味を持ったみたいだった。そう言えば、ペト様もトマトのこと、知らなかったな――。


 私は、デュラムなんちゃらのパスタとたっぷりのトマト、それにバジルなどを描いて用意した。


「これは上質な麺ですね!」


 パスタの束を手にしたマテ君が、うれしそうに声を上げる。


「そう?」

「これならいいパスタが作れそうです。楽しみにしていてください!」

「ありがとう!」


 マテ君のパスタ、ほんと楽しみだ。みんな、今日のことで疲れてるみたいだし、ちょっとおいしいものでも食べてもらわないとね。


 私は、ミチャとフェリーチャがどうしているか気になって、上の階に行ってみた。いない。


 家のなかには見あたらないので、庭に出ると、案の定、二人の声が聞こえる。ただ、ずいぶん遠いぞ――あ、上だ。


 声のするほうを見上げたら、空を飛ぶ二人の姿が目に入った。いや、高くね? ここからだとほとんど点にしか見えない。二人の笑い声が聞こえなかったら、鳥だと思っただろう。あの高さで、フェリーチャ、怖くないの?


 文字どおり、鳥のように空を舞う二人は、とっても楽しそうだ。日は傾いていて、もうちょっとでまた500円玉星が昇ってくるはず。


 私は、ポケットからスマホを取り出して、二人の姿を録画した。この距離なら、パンツも見えない。楽しそうに笑う少女たちの姿を見て、なんとなくこの情景を撮っておかないといけない気がした。


 いつまで二人と一緒にいられるんだろう?


「ちょ、ミチャ! やばいって!」

 

 フェリーチャの言葉がかろうじて聞き取れる。ミチャもなにか話しているけど、言葉のせいか、距離のせいか、なにを言っているのかまではわからなかった。


     ◇


「みみみ、みなさん! ここ、これは、センセーショナルな発見ですよ!」


 夕食前、みんなに向かって、マテ君が話しはじめた。ミチャとフェリーチャが、料理と食器を載せた台車を押してくる。

 

「センセーショナルな発見?」


 ジャコちゃんが聞き返した。


「はい、トトト、トマトのソースで、パスタを作ったんです!」

「ええと、トマトって……。ああ、あの赤くて丸い野菜かな?」

「そう、それです! 自分で言うのもなんですが、ものすごくおいしいですよ!」


 ドヤ顔のマテ君が、胸を張る。


「マッテオ君が考え出したのか。それは期待できそうだね」


 手際よくパスタを皿に盛りつけていくフェリーチャを横目に、ぽわ男が言った。


「いえ。アイディアを出してくれたのは、カナですよ。日本では、トマトソースのパスタをよく食べるんだそうです」


 みんなの視線が、私に集まる。


「え? いやいや! 日本でもよく食べるのはほんとうだけど、もともとはイタリアから来た……」

「イタリアから!?」


 マテ君とジャコちゃんが、大声をあげた。奥のソファに座っていたレオ様まで、なにごとかと目を向けている。


「イタ、イタリアの、たたた、食べ物が、日本にも伝わっているのですか!?」


 ああ、またやっちまった。


「え? ……ああ、どうだったかな? なんとなくそんな話を、前にどこかで聞いたような? 聞いてないような?」


 われながら、苦しいゴマカシだ。


「ま、イタリアと言っても広いし、パスタが好きなイタリア人は、それこそ山ほどいるからね。トマトのソースを楽しんでいる町があっても、驚きはしないよ」


 ぽわ男があんまり興味なさそうで、助かった。イタリア人からトマトソースの発明を奪いとるわけにはいかない。


「わわわ、私は、日本がどこにあるのかもよく知らないけど、ほんとうにいろんなものがある国なんですねえ!」


     ◇


 マテ君の自信作だけあって、トマトソースのパスタは絶品だった。大変な一日だったけど、そんなことを忘れさせてくれる。みんなも上機嫌だ。やっぱり食べ物ってすごい。


 いつの間にか、フェリーチャもレオ様と楽しそうに話しているので、ちょっと安心した。

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