第64話:念には念を

 レオ様は、標的に狙いをつけてボタンを押した。


 白くまばゆい光線が、モニター画面の奥へと消えていく。その光は、数km先に設置してある標的のずっと手前で不意に折れ曲がり、右手に見える岩山の一部を派手に吹き飛ばした。


 私たちはまた、丘陵地帯に来ている。


 乗っているのは、先ほど大急ぎで描いた中型雷撃艇NSQ110。『詳細設定集』からレオ様のリクエストに合わせて、高い破壊能力の火器をもつこの船を選んだ。

 

「せせせ、成功ですね!」


 興奮気味のマテ君が、私のほうを向いて尋ねる。


「う、うん。成功、かな?」


 標的になった小さな箱は、無傷のまま、乾いた地面に置かれていた。モニターには映らないけど、この箱から半径1 kmに強力なシールドが張られている(はず)。光線が折れ曲がったのは、シールドに弾かれたせいだろう。


 私たちの家を守るシールドをより強力に、また二重にしてはどうかというのが、レオ様の提案だった。参号機はなんとか攻撃に耐えたけど、家は、逃げも隠れもできない。もとのシールドだけじゃ不安だから、念には念を、というわけだ。


「ま、気休めにすぎないがね」


 ぽわ男がまた、元も子もないことを言う。


「目覚めたら、あの世で再会なんてことにならないよう祈るよ」

「ハア? アンタと一緒に死ぬってか? 冗談やめろよ。草生えるわ」


 フェリーチャさん、不機嫌度、MAX。ちょっと怖いんですけど?


 普段なら、フェリーチャをたしなめるレオ様も、軽く咳払いしただけだった。ここに来る前、二人の間で言い合いになり、それからずっと険悪なムードが漂っている。


     ◇


 きっかけは、敵が私たちを攻撃するはなにか、という例の話だった。


「ありふれた理由だとすれば」


 話題を切り出したレオ様に、ジャコちゃんが応じる。


「領地を奪いたいということかな?」


 レオ様は、難しい顔をして黙ったままだ。


「いや……ちがうなぁ。うん! 全然ちがう」


 ジャコちゃんは、自分で発言を撤回してしまう。


「どこまで行っても主人あるじなき土地ばかり。領地なら取り放題だからね」


 ぽわ男が口をはさむ。レオ様もうなずいた。


 たしかに、その気になれば、この星まるごと征服できちゃいそうだ。私たちを攻撃したって、なんのメリットもない。


「狙われたのは、参号機だった。同じ時間に飛んでいた号機は、一度も撃たれていない。カナ殿の輸送船は、光学迷彩を切っていたにもかかわらず、攻撃を受けなかった。攻撃されたのは、私たちが合流してからだ」


 レオ様がそう言うと、しばらく沈黙が続く。おずおずと発言したのは、マテ君だった。


「せせせ、戦場での経験は、レレ、レオナルドさんが一番豊富だからでしょうか」

「ハッハッハ。そこまで敵に恐れられているなら、光栄なことだ。しかし、それは買いかぶりすぎというもの」


 マテ君の推測は、却下されてしまった。


「それでもやはり、狙っていた、と?」


 ジャコちゃんが尋ねる。


「そう考えるのが、自然だろう」

「でも、いったい……誰を?」


 今度は、ジャコちゃんが考えこんでしまった。レオ様がなにを言おうとしているのか、私も気になる。まさか——?


「おじさま、ひょっとしてミチャのこと、疑ってらっしゃるの?」


 単刀直入にフェリーチャが尋ねる。


「確証は……まだ、ないが」


 返答に困ったレオ様が、きまり悪そうに目をそらすと、フェリーチャは大声で抗議しはじめた。


「ミチャのせいにするなんて! おじさま、あんまりですわ!」


 両手の拳を握りしめ、肩を震わせている。


「ミチャは……ミチャはなにもしてないのに! こんなに……こんなにカワイイのに!」


 いや、「カワイイ」は関係なくね?


「リーチャ、キミはまだ、女性というものが……」

「アンタは、黙ってて!」


 口を開きかけたぽわ男に食ってかかるフェリーチャ。すごんでみせてはいるけど、目からは大粒の涙があふれている。


「ちがうのだ。わかっておくれ、リーチャ。ミチャ殿が悪いなどと言うつもりはない」

「でしたら、どうして! どうして、狙われているのがミチャだなんて、おっしゃるの!?」

「現在の状況を切り抜けるには、まず、なぜこうなっているのか、その原因を探る必要があるのだ」


 なんかレオ様がすごく鋭いことを言ってる気がするけど、フェリーチャの言葉がバグりすぎてて、内容が頭に入ってこない。


「レオナルドさん」


 さっきから考えこんでいたジャコちゃんが、口を開く。


「やっぱり、よくわからないな。フェリーチャも言うように、ミチャが狙われているなんて、どうにも想像しづらい。いったい、どんな理由があるんです?」

「それがわかれば、苦労はないんだが……」

「だから! ミチャは、悪くないの!!」


 そう言えば、話題の人、ミチャが見当たらない。疲れたので、どこかで寝てるのかな。


「ねえ、カナ」


 突然、ぽわ男が話しかけてくる。


「あ、え? なに?」

「今、この世界では、戦争をやってるんだよね?」


 最初に目撃した宇宙船同士の撃ち合いを思い出した。戦争と呼んでいいのかわからないけど、撃ち合いしてるってことは、戦っているんだよね。


「そうね」

「ミチャは、どっち側の人なんだい?」

「どっち側……と言いますと?」

「いや、だって、敵同士で戦っているんでしょ?」

「まあ、そうですねえ」

「で、ミチャは、どっち側の仲間?」

「え、ええと……」


 か、考えたこともなかった。


 ——いや、まったく考えたことないわけじゃないな。ミチャを狙っていたのは、黒ブーメランの戦隊だ。墜落した機体を見つけたときのミチャ、怒りが爆発して、ちょっと普通じゃなかった。あれが、敵だったのか?


「ミチャさんの敵って」


 マテ君が、ひとり言のように言った。


「あの大きな月に住んでいるんでしょうか」


 大きな月というのは、500円玉星のことだろう。


「たぶん……そういうことになるのかな」

「じゃあ、ミチャの味方っていうのは」


 ぽわ男が引き取る。


「この星のどこかにいるってことだね」

「そのはずだけど、どこにいるかまでは……」


 結局のところ、この星の住人は、まだミチャしか出会ったことがない。


「ミチャいなくなってから、ミチャの家族って、どこで、どうしてんのかな」


 フェリーチャが言う。それは、こっちが知りたいよ。


「そそ、それは——」


 また、おずおずとマテ君が発言する。


「ミチャさんご本人に尋ねてみれば、いいんじゃないでしょうか?」


 一瞬の沈黙を破って、フェリーチャが叫んだ。


「それができりゃー、苦労ねーんだよ!」


 

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