第63話:腹が減っては……
眼下には、真っ暗な夜が広がっている。真っ暗すぎて、海か陸かも区別できない。星空との境界で、やっとどこに地平線があるのか、わかるくらいだ。夜って、星の陰になっている部分のことなんだ、とあらためて納得する。
「お腹、すきましたね」
私は、船外モニターから目を離して、独り言のようにつぶやいた。攻撃がストップしてから、そろそろ1時間。
さっきまであんなにしおれていたミチャが、私の言葉にすぐさま反応する。
「オナカ、スイテニョ〜!」
しまった! ミチャが「オナカすいてにょ」モードに入ると、解除の方法はひとつしかない。たっぷり食べてもらうことだ。幸い、非常時にそなえて、紙とペンは常備してある。だから、こちらの四人はなんとかなるのだけど……。
「カナ……マッテオです」
やはり来たか。通信装置のディスプレイには、申し訳なさそうに視線を落としたマテ君が映っている。
「ああ、テオ。どうしたかな?」
とぼけてみたけど、なにが言いたいかは、聞くまでもない。本当は、みんなが出かけている間に、お昼を用意しておくつもりだったけど、そんな余裕もなく家から飛び出してしまった。
マテ君たちの
「そそ、その……昼食のことなのだけど」
「あ、うん。みんなも、お腹すいたでしょう……朝ごはんの残りなんて、いくらもないよね?」
「はい、あまり残ってないです。みなさん、朝はしっかり食べられたので……」
予備の食べものは、もうほとんどないはず。マテ君、ジャコちゃん、ぽわ男――大人の男性三人分となると、心もとない。
ミチャの「オナカすいてにょ」アピールが続くなか、フェリーチャやレオ様も、なんとなく押し黙ってしまう。
気まずい。
腹が減っては
「ででで、ですが」
マテ君が続ける。
「こちらのことは、なんとかします。カナたちは、私たちのことを気にせずに、食事してください!」
え? ふとモニターを見ると、ジャコちゃんとぽわ男が、マテ君の隣に立っている。
「いいの?」
私は聞き返した。ジャコちゃんが、うなずきながら、付け加える。
「もちろん! そうしてもらったほうがいいだろうって、話していたんだ。そちらは、若い二人もいるしね」
若い……二人? ま、いいや、そんなところでツッコんでる場合じゃない。
「ありがとう。じゃあ、先に食事させてもらいます」
「どうぞどうぞ! カナたちが帰ってきたら、たっぷり食べさせてもらうよ」
お言葉に甘えて、私は、四人分の食事を急いで用意する。というか、描く。
「なんだよ、この黒いヤツ? 食えんのか?」
食べたいものをイメージしていたら、気がつくと、山ほど海苔巻きを描いていた。フェリーチャが、黒いつやのある海苔を怪訝そうな顔で眺める。
「ムリして食べなくてもいいんだけど?」
「なんだよ、ケチかよ! 食わねーとは一言も言ってねーし」
「じゃあ、好きなだけ召しあがれ。なかにいろんな味のものが入ってるから、試してみてね」
私の説明を待つまでもなく、ミチャは、海苔巻きに手を伸ばしていた。なかなかのスピードで、積み重ねてあった海苔巻きが消えていく。フェリーチャも、おいしそうに食べているみたいだ。
「カナ殿。この黒い食べものは、なんだろう?」
レオ様が、海苔巻きをジッと見つめながら、不思議そうに尋ねた。
「えっと、おいしくなかったですか?」
「いやいや、そんなことはない。香りもよくて、とてもうまいが、食べたことがない味だ」
「海苔っていうんです。海藻から作るんですよ」
「ほう、なるほど、海藻から……」
普段はあまり食べものにこだわらない感じのレオ様だけど、海苔巻きは気に入ってくれたらしい。
「ところで」
海苔巻きをひとつ平らげたレオ様が切り出す。
「もうあとどのくらい、隠れていればよいのだろうか?」
「うーん、そうですねえ」
正直なところ、私にもわからない。
ホログラム・パネルの前に行くと、500円玉星がかなり移動している。さっきは、500円玉星が、この星をはさんで「貴族の館」号とほぼ一直線に並んでいた。「貴族の館」号を6時の方向とすると、0時から2時近くまで動いた感じ。あんまり長く同じところにいると、また敵の射程に入ってしまい、狙われかねない。
「わずかな時間に、もうここまで動いたのか」
隣に来てパネルを見るレオ様が、驚きながら言う。そう言えば、500円玉星は、動きが速いのかもしれない。見えていると思ったらもう沈みかけていたり、半月と思っていたらすぐ満月になったりと、地球の月よりせわしない気がする。こんなこと、ペト様なら、とっくに気づいてたんだろうな。
私たちは500円玉星から隠れるよう、すこしずつ移動していくことにした。
「敵の攻撃の目的は、なんだろうか」
レオ様が尋ねる。なんだろうかと聞かれましても……。会ったこともない異世界人の考えてること、私にわかるわけないし。
「謎ですね」
「たしかに。だが、攻撃の背後には、なにかしら動機がある」
「動機?」
「戦争するには金がかかるものだ。兵士も武器も必要になる。あれほど執拗に攻撃してくるからには、よほど強い動機があるにちがいない」
ホログラム・パネルを見つめたまま、レオ様は考えこんでいる。
「なるほど。でも、動機なんて当人に聞かないと、わかりませんよね」
私たちの進む先には、夜と昼の境界にある地平線が、明るい筋となって輝いていた。今はただ、早く家に帰りたい。
「なるほど……やはり直接出向いて行くほかない、ということか」
レオ様がつぶやく。
「……え、ちょっと待って。なんの話ですか?」
「あの星に行くことは、できないのだろうか?」
「あの星に!? わざわざ攻撃を受けに行くようなものじゃないですか!」
そりゃあ、行けと言われれば、行けないこともないだろうけど……。
「心配は、もっともだが」
レオ様は、いたって冷静に続ける。
「こちらの選択肢はかぎられている。攻撃をやめさせるか、逃げ続けるか、さもなくば死ぬかだ」
「う、うーん……」
言いたいことはわかるけど、500円玉星にノコノコ出かけていったら、「死ぬ」一択になりません?
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