第62話:勝手に殺すなよ!
「カナ殿……。これは、どういうことだろうか?」
ホログラム・パネルを見ながら、レオ様が尋ねる。うーん、正直、こっちが教えてほしいくらいなんです。
「たぶん、この真ん中の緑の
500円玉星のことをどう説明したらいいものか、ちょっと考える。
「ひょっとして、アレのこと?」
そう言いながら、フェリーチャが頭上を指さした。私たちは、そろって天井の船外モニターを見上げる。そこには、細い三日月の形をした500円玉星がくっきりと映し出されていた。
「うん、そう。アレ」
拡大表示された500円玉星は、Lサイズピザ星くらいになっている。この瞬間にも、三日月の影になった部分のどこかから、赤いビームが手前に伸びてきた。
「あの星から……?」
「ラスヴァシオー!!」
ラスヴァシオー? なんか前にもどこかで聞いたような……。うーん、いつ聞いたんだろう? ……なんて、のんきに思い出してる場合か!
ていうか、この攻撃、あの500円玉星から来てるって理解で、合ってる? あんな遠くから?
いや、どのくらいの距離かなんてわからないけど、ホログラム・パネルの表示はスカスカで、ほかの星は映っていない。縮尺が合っているとすれば、二つの星は、ちょうど卓球台の端と端に二つのピンポン球があるくらいの距離感だ。
「ちょ、カナ! ボケっとすんなし!」
突如、フェリーチャのお叱りを受けた。いや、ボケっとしてたわけじゃないけど……。
「え、ああ、ゴメン!」
「さっさと逃げねーと! この船だって、いつまでももたねーだろ?」
ガキのくせに生意気な、と一瞬思った。けど考えてみれば、彼女は、故郷の町で敵軍に何十日も包囲され、身内をすべて亡くしているのだった。
「逃げたいよ! 逃げたいけど! 逃げるって言っても、あんな遠くから狙って攻撃してくるんだよ? どこにも逃げようないじゃない!」
「じゃあ、どーすんだよ?」
「こっちが聞きたいよ!」
「…………われば、よいのではないか?」
ミチャとフェリーチャと私の絶叫が重なって、レオ様の声が聞きとれなかった。
「え、なんですか?」
「敵は、あの星から攻撃しているのだな?」
「はい、たぶん」
「ということは、こちらの星の裏側にまわりこめば、ちょうど盾になるのではないか?」
頭のなかで、二つのピンポン球をイメージした。なるほど、死角になる裏側なら、さすがに攻撃できないかもしれない。
「おじさま、さすがですわ!」
「それ、やってみましょう!」
私たちが今いるのは、この星の昼側。だから、ひたすら夜側に向かって飛べば、星の裏側に行けるはず……。
そうと決まれば、話は早い。私は適当に「貴族の館」号の針路を定めて、加速させる。
モニターに映る地表の模様が、ゆっくりと動き出した。一秒ごとに、すこしずつ速度が上がっていく。気のせいか、それとともに攻撃は、一段と激しくなったように感じた。逃がすまいとしているのか。
「もっと速くできねーのかよ?」
じれったそうに、フェリーチャが尋ねる。でも、その間にスピードはグングン伸びていた。画面に見える地表は、もう半分以上が「夜」だ。
「敵の星が……沈んでいく」
レオ様が、船外モニターに注意をうながした。この星の夜側を目ざす「貴族の館」号の後方には、弓型に輝く地平線が広がっている。気がつくと、500円玉星は、その地平線の向こうに姿を消そうとしていた。
「あと……もうすこし」
「貴族の館」号が、この星の陰に突入すると、周囲は一気に暗くなる。激しかったビーム砲撃も、三日月形になった500円玉星が消えてしまうより前に、ピタリと止まった。諦めたのか、それともただ見えなくなっただけなのか――いや、そもそも光学迷彩で、目には見えないんだった。
「逃げおおせた、か?」
ため息をつきながら、レオ様が言う。
「レオンハルトのおかげです!」
「いや、上に逃げることをカナ殿が思いつかなかったら、逃げ切れなかった」
「イタリアは地上の地獄かとも思いましたけど、異世界というのも、負けないくらい物騒ですのね」
フェリーチャが、口をとがらして言う。それでも顔色はよくなり、だいぶいつもの調子が戻ってきたみたいだ。
「こ、こちら
「カナです。聞こえてるよ」
「よ……よかったあ!」
マテ君のうれしそうな声が響いた。私たちは、この星のほぼ反対の地点にいるはずなんだけど、通信装置はちゃんと使えている。
「テオは、もうだいじょうぶなの?」
「え、私ですか? もも、もちろん、なんともありませんよ?」
「そう? ならいいんだけど」
マテ君の気分が悪くなったって、ジャコちゃんは言ってたけど、たいしたことなかったのか。
「ついさっきまで『カナがいなくなったら、どこから食材を手に入れたらいいんだ』って青ざめてたのは、誰だったかなあ?」
マテ君の後ろから、ぽわ男の声がする。
「勝手に殺すなよ!」
すかさず、フェリーチャがツッコんだ。
「ごごご、ごめんなさい!」
「ったく!」
シートベルトを外して、フェリーチャが立ち上がる。
「カナ。水、もらえる?」
「あ、うん」
私は「貴族の館」号を減速させてから自動に切り替え、フェリーチャと一緒に、食事室に入った。固定されていなかったものが、あちこちに散らばっている。冷蔵庫に入れてあった飲み物の容器も、大きな地震の後みたいに倒れていた。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
礼だけ言うと、フェリーチャは水をもって、ミチャのところに行く。まだグッタリしているミチャは、水を差し出されるとゴクゴクと飲み出した。よほど喉が渇いていたらしい。
飲み終えたミチャは、すこしだけ元気になった様子だけど、なんとも悲しそうな表情で私たちの顔を見上げている。
「だいじょうぶだよ、ミチャ」
なにが「だいじょうぶ」なのかはわからない。言葉もろくに通じないけど、二人はなにか通じあうものがあるんだろうか。フェリーチャは、優しくミチャを抱きしめた。
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