第61話:はじめてのウチュウ

「光学迷彩……忘れてました!」


 すぐに光学迷彩をオンにしないと! ……いや、待てよ。「貴族の館」号が見えなくなると、参号機も格納庫に入れないんじゃ? 私は、船を空中で停止させた。


「レオンハルト、今のうちにまず参号機を収容しましょう。輸送船の後ろに収容用のハッチがあります。もう開けてあるんですが、わかりますか?」

「後方にまわって、確認しよう」


 モニターだと見えないけど、ホログラム・パネルには、輸送船の後方に動いていく機影が映っている。これでなんとか、無事に収容できそうだ。


「こちら、号機です」


 マテ君の明るい声が響く。


「当機もまもなく南の海に着きます。このまま、合流できそうですね!」

「了解です。参号機の収容が完了したら、そちらに向かいま……エエッ!?」

「カナ、どどど、どうしました?」


 どうしたも、こうしたも、ない。攻撃だ! しかも、強烈な。


 突然、縦揺れの地震みたいな垂直方向の衝撃が、鈍い音と同時に、船全体を揺らした。シートベルトをしてなかった私は、椅子から落ちそうになる。防御シールドも、船が壊れるのは防いでくれるけど、衝撃までは吸収しきれないらしい。


「攻撃されてる!」


 通信装置に向かって、それだけ叫ぶと、船外モニターを全方向オンにする。


「ここ、攻撃? ままま、またですか!?」


 そう、ビームだ。忘れもしない、どぎつい赤の光線。しかも、それが、文字通り雨のように降ってくる。


 泣きそうな声のマテ君に、応答してる余裕はない。ムリムリ、こんなの、絶対ムリ! 今日のビームの量、尋常じゃない!


「カナ殿! 参号機、なんとか格納庫に入った。ハッチは閉めてもらってかまわない」


 通信装置からレオ様の声が響く。


「はい、閉めます!」


 私は、すぐさま光学迷彩をオンにして、ハッチを閉じた。ビームの雨がすこしでも薄そうな方向を探し、「貴族の館」号を発進させる。


 もう! これって、どこに逃げたらいいのよ!? ていうか、敵はどこから撃ってきてるんだ?


 ホログラム・パネルの表示範囲を拡大してみる。すぐ近くにいるのは、肆号機だろう。縦に何本もの赤い糸のような線が、現われては消える。これ、全部あのビーム? めまいしそう。こいつらがイキモノみたいに動く様子は、絵的にもかなりグロい。


 表示範囲を垂直方向にどれだけ広げても、敵艦らしいものは見えない。なんなんだよ、この無理ゲー!


「カナー!」


 ミチャが操縦室に駆けこんできた。泣きながら私の名前を叫び、そのまま私に抱きつく。


「ミチャ!」


 なぐさめてあげたいけど、あいにく操縦しているので、手が離せない。続いて、フェリーチャを抱きかかえたレオ様が入ってきた。


「カナ殿のおかげで、命拾いした!」


 そう言いながら、フェリーチャを椅子にかけさせる。よく見ると、脚から血が流れていた。

 

「怪我したの?」

「ぶつかっただけ。騒ぐほどのもんじゃねーし……」


 口では強がってみせるフェリーチャも、顔面蒼白だった。


「レオンハルト、操縦を替わってもらえますか? 手当てをしないと」

「わかった」


 ひとまず、フェリーチャにシートベルトを付けてあげた。ミチャも同じように座らせる。


「ちょっと窮屈だけど、我慢してね」


 備えつけの救急箱を取り出し、怪我した部分を見てみた。強くぶつけたところがアザになって、出血している。軽く消毒してから、絆創膏を貼ってあげた。


「カナ、ありがとう……」

「怖かったでしょう」


 元気のないフェリーチャを見て、私は思わずハグした。


「カナー!」


 はいはい、ミチャもな。ハグハグ。


 その間も、砲撃は弱まる気配がない。ときおり命中したビームの衝撃で、船内が激しく揺れる。


「こちら、肆号機。カナ、聞こえますか?」


 通信装置から、ジャコちゃんの声がした。


「はい、聞こえてます!」

「この状況で合流するのは、むずかしそうだね。マッテオは気分が悪くなったので、ジョフロワさんに操縦を替わってもらったよ」

「そちらに攻撃は?」

「今のところ、まったくない。ただ――」


 画面のジャコちゃんが、チラリと後ろを振り返った。後ろでマテ君が、なにやらわめいている。また「神の怒り」とか言い出してないといいけど……。


「ただ?」

「カナたちの輸送船が画面上に見えているんだが……いや、輸送船は見えないけど、激しく攻撃を受けている様子は、よく見える」

「私が、光学迷彩を忘れてたからだね……」


 なんてミスをしちゃったんだろう、私!


「いや、おそらく、そのせいではない」


 操縦するレオ様が言った。


「え? どうして?」

「短時間とはいえ、参号機よりはるかに大きいこの船が、ずっと光学迷彩を外したまま飛行していた。だが、標的となったのは、参号機だけではなかったか?」

「それは……そうですね」

「しかも、ギューゲスの指輪はずっとつけたままでね!」


 突然、肆号機のぽわ男が、話に入ってくる。


「ギューゲス?」

「身につけると、持ち主の姿を見えなくするという魔法の指輪さ」

「ああ」


 たしかに、光学迷彩がオフでも、「貴族の館」号は攻撃を受けなかった。なのに、姿が見えなかったはずの参号機は、海に潜るまでのあいだ、ずっと標的になっている。そして、参号機が海上に出てきた途端、すぐまた砲撃がはじまり――。


「ジャコモ、そちらから、敵の姿は見えますか?」


 ふと気になって、尋ねてみた。


「いや」


 ジャコちゃんが首をふる。


「赤い光ははっきり見えるけど、それがどこから来ているのかは……。ん? ああ、いや。やはりわからないね」


 やっぱり、かなりの遠距離から撃ってるってことか。


「いずれにせよ、こう真上から狙われていては、どこに逃げたらよいのかもわからぬ」


 操縦桿を操作しながら、レオ様がいまいましそうに言った。


「また海に潜ってはどうでしょう」

「潜っているあいだはなんとかなるが、浮上すれば、また同じこと。永久に水中で暮らすわけにも行くまい?」

「じゃあ……もっと上に行くとか?」

「なるほど。上か」


 なにしろ「貴族の館」号は、星間シャトル船だ。その気になれば、大気圏外にだって出られる(はず)。とにかく、この攻撃を振り切らないと! 防御シールドだって、いつまでもつのか。


「ジョフロワ。肆号機は、ひとまず帰還してもらえますか?」

「それがよさそうだね。では、みんな、お気をつけて!」


 私は、もう一度、操縦を交替した。レオ様にもシートベルトを締めてもらう。激しい攻撃をできるだけ回避しながら、私は急上昇をはじめた。モニターに映る海が、一気に遠ざかっていく。その様子を見ていたフェリーチャが、不安そうな声で尋ねた。


「カ、カナ! これ、どこまで行くの!?」

「うーん、いい質問だね」


 ほんと、どこまで上昇したらいいんだろう? さすがに敵より上を飛んだら、こんな狙い撃ちってされなくなるよね?


「たぶん……攻撃してこなくなるまで?」

「適当かよ!」


 やがて高度は100 kmを超えた。大地はやや丸みを帯びた球体になり、空は青から黒に変わっている。宇宙ステーションからの映像で見るような景色だ。ただ――。


「攻撃の勢いは、まったく衰えないな」


 レオ様が、独り言のようにつぶやく。


「そうですね」


 ビームの雨は、すこしも弱まらずに続いていた。背景が真っ黒になってきたせいか、赤い光のどぎつさが、よけいに強調される気がする。


「カナ、なんか光ってる!」


 フェリーチャの声にまわりを見まわすと、ホログラム・パネルが大きく点滅している。赤い光線の束のように表示されている敵のビームが、一瞬消えると、画面が切り替わったようだった。


「なんだ、これ?」


 暗い緑色の小さな球体が二つ。一つは、この船の位置を示す青い光のすぐそば。もう一つは、ほぼ同じ大きさだけど、最初の球体からずっと離れたところにある。これって……もしかして、もしかすると、500円玉星?


 どうやら地表から遠ざかったので、ホログラム・パネルの表示範囲が、数百kmのスケールから惑星間のスケールに切り替わったらしい。


 敵からのビームを示す赤い線は、細い糸のように伸びながら、二つの緑の球体をまっすぐに結んでいた。

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