第60話:「カナ、まる見えじゃん!」

 ペンを握る手が、震えていた。


 今、この瞬間、レオ様が、ミチャとフェリーチャが、異世界人の攻撃にさらされている。


 被弾? 二発? 光学迷彩、役に立ってない? シールドで守りきれる? 真上からの砲撃って……?


「カナ、聞こえますか?」


 マテ君からの呼びかけだった。落ち着いた口調だけど、かなりの動揺が声から伝わってくる。


「はい、聞こえてます」

号機で、南に飛んでるんですが」


 いつのまにかマテ君は、ぽわ男と操縦を交替していた。


「カナも出られますか? 南の海なら、カナのほうが早いのでは、と」


 たしかに、マテ君の言うとおりだ。上空から狙われていて敵機が見えないなら、なおさら掩護が必要だろう。


「了解。大きいほうの船で、出ます」


     ◇


 通信装置を手に持ったまま、地下の第2ガレージに急ぐ。参号機からは、その間も緊迫した様子が伝わってきた。


「……から、わかんねーよ!」


 フェリーチャのいら立ったような声が聞こえてくる。相手はミチャだろう。襲撃にあったミチャの取り乱した様子を思い出した。


「リーチャ、聞こえる?」


 返事はない。攻撃を受けている最中で、それどころじゃないか。


 第2ガレージに入ると、先ほど描き上げたばかりの号機とろく号機が並んでいた。確認している余裕はないので、すぐさま「貴族の館」号に乗りこむ。


「カナ殿」


 操縦席についたところで、レオ様から応答があった。通信装置を適当なところにセットする。


「はい、カナです。どうしました?」

「こちらの状況だが、まだ激しい砲撃が続いている」


 モニターに映るレオ様の表情は、険しい。


「了解です。私も、すぐそちらに向かいます」

「その前に、ひとつ聞きたいのだが……」

「はい」


 ガレージの発着台がせり上がっていき、ゆっくりと地表に出る。発進する前に、私はレオ様の言葉の続きを待った。


「本機で、水中にもぐることは可能だろうか?」

「ああ、水中ですか――えええっ!?」


 水のなか? 『ギルボア』に登場するPY37γ5は、宇宙空間でも航行可能。水のなかだって、すこしくらい入れないことない、よね? でもまた、なんで水のなか?


「リーチャが言うには、ミチャ殿は、海に潜るよう訴えているらしい」

「さっきから、めっちゃしつこく叫んでて。うっせえんだよ、ミチャ。でも、そういうことだと思う」


 フェリーチャが補足する。うーん。光学迷彩でもバレてるなら、海に潜ったところで、ダメなんじゃ……?


〈これで追っ手の目をくらませたなら、いいんですが……〉


 突然、ペト様の言葉が記憶によみがえる。あれは、黒ブーメランの編隊に襲われたときのことだ。ミチャの能力で遠くに飛んだあと、地面に潜ることでかろうじて難を逃れた。


「レオンハルト、聞こえますか?」

「ああ、聞こえている」

「海のなかも平気なはずです! たぶん! 正直、どのくらいの時間、水中に潜ってられるか、わかりません。でも、試してみる価値は、あると思います!」


 そう言いながら、私は「貴族の館」号を発進させる。惑星間航行だってできる船だ。最速で飛べば、南の海もすぐに着いちゃうはず。


「了解した」


 レオ様が答える。


「参号機、これより海中への突入を試みる」


     ◇


 高度は、およそ18,000メートル。加速しながら上昇をつづけると、すぐこの高さに達した。どのくらいの高度で飛んだらいいのか、よくわからない。まばらな雲が、はるか下のほうで淡い縞模様を描いている。


 前方には、もう南の海が視界いっぱいに広がっていた。水平線は、ちょっと丸みを帯びて見える。


 それにしても、参号機――と敵機――はどこなんだろう? コックピットのホログラム・パネルに映るのは、雲の影だけで、飛行体は一つもない。


「こちらカナです。参号機、聞こえますか?」


 通信装置の画面には、レオ様、フェリーチャ、ミチャが並んで映っている。モニターを眺めているのか、三人とも黙ったままだ。


「こちら参号機。はっきり聞こえている」

「状況はどうですか?」

「どうやら、ミチャ殿の判断が正しかったようだ。海のなかは、とても静かだ。攻撃もすっかり止まっている」

「よかった!」

「ご無事でなによりです!」


 マテ君からも通信が入る。


 敵は、攻撃目標が海に潜ってあきらめたのか、単に見失っただけなのか、わからない。さしあたり、危険は回避できたってこと?


 問題は、これからどうするか、だろう。


「輸送船で、南の海まで来ました。参号機を収容して、帰還するつもりです」


 防御シールドがどこまで攻撃に耐えられるのかは、未知数だ。でも、さすがに小型偵察機のPY37γ5より、星間輸送船「貴族の館」号のほうが、頑丈そうな気がする。


「南の海に? こんな短時間で?」


 レオ様の驚く声が響いた。


「はい。この船なら、もっと速く飛べるかもしれません」


 いざとなれば、逃げ足は速いってことだ。私は、ひとまず速度を落としながら、「貴族の館」号を下降させた。


「参号機、今どのあたりにいるか、わかりますか?」

「申し訳ないが、先ほどの砲撃をけるのに必死で、現在の位置は見当もつかない」

「ですよね」


 ホログラム・パネルを切り替えてみる。表示範囲を最大にすると、北のほうに一つだけ南下する飛行体があった。マテ君たちの肆号機にちがいない。さすがに、海中のものまでは感知できないんだろう。


「今、この近くの空域を調べているんですが、参号機は見えないかわりに、敵機らしいものも見あたりません」

「ということは……攻撃をあきらめたんでしょうか?」


 マテ君が、おそるおそる尋ねた。


「だとすれば、ありがたいのだが」


 今のうちに退散するのがいいかもしれない。「貴族の館」号は高度3,000メートルまで降りてきている。


「攻撃がストップしている間に、参号機を収容したいですね」

「そのためにはまず、海上に出なければならない、ということか……」


 いい案を思いついた。


「レオンハルト」


 私は、いったん通信装置を手で持ち上げて、操縦パネルにあるボタンのひとつにカメラを向けた。松明たいまつのようなアイコンがついている。


「これと同じボタン、見つかりますか?」

「探してみよう」


 それは、照明弾の発射スイッチだった。まだ試したことないけど、遠くからでも、かなり目立つはず。


「おじさま、これではないかしら?」

「ありがとう、リーチャ。カナ殿、これを押したらよいのか?」

「はい、押してみてください。参号機の場所、わかるかもしれません」

「了解した」


 数秒間、ホログラム・パネルを凝視する。突然、赤い点があらわれた。熱反応だろう。まちがいない、参号機だ。


「発見しました。そちらに向かいます」


 北東へ約30 km。案外近い。船外モニターで確認すると、青い空を背景に、まぶしい光の球がはっきり見える。ゆっくり落ちていく光を追ううちに、その海域に到着していた。


「カナです。参号機のほぼ上空まで来ました」

「では早速、浮上する」


 収容用のハッチを開けて、海面の様子をじっと見守る。しばらくすると、海のなかから勢いよく水が吹き出した。光学迷彩のせいで、機体そのものは見えないけど、参号機にちがいない。


「ちょっ!」

「?」


 フェリーチャの驚いた声が響く。


「カナ、まる見えじゃん!」

「ま、まる見え!?」

「カナ殿、光学迷彩がオフになっている!」

「え?」


 そうか! あわてて出てきたせいで、光学迷彩を入れ忘れてたんだ!

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