第54話:白い湖

 お昼を食べたら、マテ君もすこし元気になったらしい。


「マッテオ殿、例の『白い湖』の様子を聞かせてもらえないだろうか」


 レオ様が、切り出してくれた。


「ミズゥミー!」


 ミチャのミズゥミー、久しぶりに聞くなあ。


「はあ」


 マテ君は、そう言ったきり、考えこんでしまった。


「ほんとに、白いわけ? その湖」


 じれったそうに、フェリーチャが聞く。


「うーん、そうですねえ。白というより、すこし濁ったような色ですが。湖面は穏やかでした……」


 そう、そんな感じだった。ペト様と一緒に探査飛行したのが懐かしい。


「その湖が、突然二つに裂けたんです」

「そこを、詳しくうかがいたいのだが」


 レオ様が、先をうながす。


「こここ、こんなことを言うと、怒られるかもしれませんが……」


 マテ君は、私たちの顔を見比べた。


「あ、あれは、やはり……かかか、ではないでしょうか!?」


 え? なんで? なんか私、怒られるようなことした?


「カミサマ?」

「もしや、マッテオ殿、モーセのことを考えておられるのか?」


 レオ様が尋ねると、マテ君はうなずいた。


「モーセ?」

「私たちの宗教の始祖にあたる人物だ。エジプトに囚われていたイスラエルの民を率いて、約束の地へと導いた」

「はあ」


 聖書かなにかの話?


「エジプトの軍勢に追われたモーセたちの前で、神が海を二つに割られたという伝承があるのだ」

「ああ、その話、どこかで聞いたことあるかも……」


 映画の一シーンだったか、どこかで動画を見た気がする。


「そして、神の怒りを受けたエジプト人たちは、再び閉じた海の底に沈められる」

「ああ、それで神様の怒り?」


 マテ君が、うなずく。


「はい。あれは、なにかのしるしではないか、と」


 うーん、やっぱりついていけん。


「湖が割れたとき、なんか見えたわけ?」


 今度は、フェリーチャが尋ねた。


「い、いえ! あまりに恐ろしくて、それ以上は近寄れなかったので……」

「ダメじゃん!」


 気持ちはわかる。でも、もうすこし言葉を選ぼうな。案の定、マテ君が黙りこんでしまった。


「まことに、神意は推し量りがたきものだが」


 と、レオ様が引き取る。


「神がお怒りだとしても、私たちに向けられた怒りとはかぎるまい。私たちは、友人を救おうとしているだけなのだから」

「ま、まあ、それは、そのとおりですけど……」


 納得したわけではなさそうだけど、マテ君の表情が、ちょっとやわらいだ。


「湖が割れたっていうのは、間違いないの?」


 まだ半信半疑の私も、聞いてみる。


「そ、それは、間違いないですよ!」

「ゆーて、遠くからしか見てないんでしょ」


 フェリーチャが追い打ちをかけると、マテ君が不服そうに言った。


「遠くからでも、あんなの、見間違えようありません!」

「やっぱり、もう一回、行ってみましょうか? 今ならまだ、直接確認できるかもしれないし」


 解決策を提案してみる。正直、そこまで引っぱるべき話題なのか、よくわからないけど。

 

「カナは、家で絵を描かなきゃ、ダメ!」

「う……」


 すかさず、フェリーチャの横槍が入る。正論。8歳児にさとされてしまった。


「やはり今日のところは、参号機と号機で、ほかの方角を探査してはどうだろう?」

「それが、よさそうですね」


 レオ様の提案にマテ君も賛成して、午後のプランが決まった。


「じゃあ、私は、絵をがんばります」


     ◇


 午後の探査飛行は、順調だったらしい。フェリーチャたちはマテ君についていき、西の方面を担当。レオ様は、これまで比較的手薄だった、南方の探索に向かった。


 ペト様の地図によれば、この家のほぼ真南の方角には、海が広がっている。海岸線に沿って飛べば、町や港が見つかるだろうというのが、レオ様の見通しだった。


「町どころか、家の一軒すらなかった。この星の住人は、いったいどこに隠れているのか」


 夕食をとりながら、レオ様が報告する。


「おじさま、遠くのものでもよくお見えになるのに、変ですわね」

「海上にも、船らしき影は見あたらなかった」

「町も家も、たしかに見ませんねえ」


 首をかしげるレオ様に、マテ君も同意した。


「かなり広い海のようだ。もうすこし探索を続けてみよう。号機のほうは、いかが?」

「なーんもなくて、退屈でしたわ!」


 マテ君より先に、フェリーチャが答える。


「数日前、カナたちと飛んだあたりで、ピエーロさんの地図にある地形を確認しました。新しいものは見つからなかったのですが、ただ……はなくなっていたんです」

とは?」


 レオ様が聞き返した。


「その前日に異世界人たちの戦闘があって、墜落した小型機の残骸を見つけたことは、お話しましたね?」

「ああ、記憶している」

「すこし離れた場所までその残骸を運んで、くわしく調べたのですが」

「なかが空洞だったという船のことか?」

「はい、それです」


 ミチャが能力でブッタ切ったやつね。


「今日見ると、消えていました」

「場所は、間違いないの?」

「おそらく。見覚えのある地形でしたし、家からの方角や距離から言っても、たしかだと思います」

「ていうことは、やっぱりあの後、回収されたってことだね」


 どうやって探し出したか、わからないけど、下手に持ち帰らなくて、正解だった。


     ◇


 ミーティングを兼ねた夕食と、その後の雑談も終わり、私は、ミチャとフェリーチャをお風呂に入れて、寝かしつけた。2人はもう、すっかり仲よしになったみたい。お姉さん、ちょっぴりさびしいよ。


「おやすみなさい、カナ」


 かわいいパジャマ姿のマテ君が、声をかけてくれる。


「テオも、今日はおつかれさま! ゆっくり休んでね。おやすみ!」


 午後は、ひとりで絵に集中できたから、それなりに進捗もあった。眠いけど、もうひとがんばりしようかな。


「カナ殿! マッテオ殿!」


 部屋に戻ろうとする私たちに、レオ様が声をかけた。


「お願いがある」

「はい、なんでしょう?」

「これから白い湖に飛ぶ。ご同行願いたいのだ」

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