第53話:「まじ使えねー!」

「テオ? テオ! 聞こえてる?」

「こんなこと、あっていいんでしょうか!?」


 画面には、恐れおののくマテ君の顔が映ったままだ。


「だから、なにが?」

ですよお! わからないんですかあ!?」


 「これ」って言われてもなあ。どうやら、自分の見ている光景が、通信相手にも見えると思いこんでいるらしい。


「ちょっと落ち着いて! 今、なにが見えてるのか、教えてくれる?」

「この世の終わりです!」


 まったくわからん。


「マッテオ殿! 今、どこを飛んでいる?」


 今度は、しびれを切らしたレオ様が尋ねた。


「ししし、白い湖です!」


 さっき地図にあった「白い湖」のこと? つまり、ちゃんと飛行はできてるってことか。


「みみみ、湖が、二つに割れて! ああ、神さま!!」

「ど、どういうこと?」

「そそそ、それは、こっちが知りたいです!」


 号機の画面には、マテ君の泣きそうな顔だけが映っている。


「ねえ、テオ。その様子、カメラで撮影してもらえない?」

「サツエイ? どうやるんです、それ?」

「目の前の通信装置、あるでしょ? それを持ちあげて、レンズを湖のほうに向けるの。できる?」

「操縦してるのに、手なんか離せません!」

「マッテオ殿、まずは自動操縦に切り換えるんだ!」

「じじじ、じどう? ムムム、ムリです! これ以上、湖に、近づきたくありません!」


 ああ、ダメだな、こりゃ。完全にパニクってる。


     ◇


「すぐに参号機も現場に向かうべきであった。申し訳ない」


 ひと足先に戻ったレオ様が、開口一番に言う。


「いいえ! ひとまず帰還するという判断は、正しかったと思います」


 湖が二つに割れるなんて理解しがたいけど、どっちにしろ、マテ君の様子、まともじゃなかった。うーん、偵察をまかせるのは、人選ミスだったかなあ。


「もう、テオ、まじ使えねー!」


 リビングに入ってきたフェリーチャは、ご立腹の様子だ。


「せっかくキレイな景色になって、ミチャも私も喜んでたっつーのに! 途中で引き返すとか、ねえわー」


 この子、ほんとにルネサンス期のイタリア人なのか? スマホ持たせたら、行く先々でえる写真、撮りまくってそう。


「リーチャ、もうそれくらいにしなさい」

「だってえ」


 ミチャは、というと、特にがっかりした様子もなく、いつもどおり上機嫌だ。


 マテ君も、ミチャが一緒だったら、あそこまで取り乱さずに済んだのかな? 1人にしちゃったのが、敗因かもしれない。


「カナ殿の進捗は、いかが?」

「うーん、それが……あんまり」


 みんなが帰ってくる前にがんばろうと思ったのだけど、やっぱりどうも調子が出なかった。隣で話を聞いていたフェリーチャが、またなにか言いかけたところで、先回りするようにレオ様が言う。


「まあ、ほかのことは、マッテオ殿と私の2人で、なんとでもできよう。ムリせずに進めてくださればよい」

「あ、ありがとうございます」


 ああ、レオ様にまで気を遣われてしまった……。私が望んで、お願いしてることなのに。しっかりしなきゃ!


 マテ君はまだ帰ってこないけど、ミチャもフェリーチャもお腹をすかしているので、お昼の用意を始めた。


「リーチャ、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「ミチャと一緒にお庭に出て、ちょっと野菜を採ってきてくれないかな? トマトとか、サラダに入れたいの」

「わかったわ。ミチャ、行きましょ!」


 こんな感じで素直に言うこと聞いてくれる分には、とってもかわいいのに。まあ、自分が小学生のころだって、けっこう生意気だったっけ。人のことは言えんか。


 ……などと考えていると、突然叫び声が聞こえてきた。


「ギャーッ!!」


 と同時に、血相を変えたフェリーチャが、リビングに入ってくる。


「ムシーッ!」


 は? 続いて、うれしそうな顔をしたミチャが、野菜を入れたカゴをもって、現われた。


「もう、ミチャ!」

「ミチャが、どうかしたの?」

「だから、虫!」


 いや、その説明じゃわからんよ。でも、推測はついた。


 庭の菜園にいると、かなりの確率で虫さんに遭遇する。私は、そんなに苦手なほうじゃないけど、ここの虫たちは色も形もけっこうグロい。ミチャは、まったく意に介さず、よく虫を捕まえては、楽しそうに見ている。


 たぶん、いつもの調子でそれをやってたから、フェリーチャがギョッとしたんだろう。虫が怖いなんて、かわいいとこもあるじゃん。


「やーめーろー、ミチャ! 汚ねえだろ! 虫触った手で、近寄んじゃねーよ!」


 前言撤回。


「なんですかぁ? ずいぶんと、にぎやかですねえ」


 テンションだだ下がりのマテ君が、帰ってきた。


「テオ、おかえり!」

「マッテオ殿、無事帰られたか」

「カナ、レオナルドさん」


 マテ君を出迎えるように、ミチャとフェリーチャも集まってくる。


「みなさん、さっきは取り乱してしまって、申し訳ありません」

「ううん、いいんだよ。おつかれさま!」


 私は、落ち込んでるマテ君がちょっとかわいそうになって、ねぎらいの言葉をかけた。


「まじ取り乱しすぎ! おかげで作戦中止とか、はあ? って感じ」


 あんたは、もうちょっと空気読め。


「今度は絶対、私とミチャがついてくからね。途中で帰るとか、させねーし!」


 フェリーチャの思わぬ発言に、私とレオ様は、顔を見合わせる。マテ君は、意外そうに丸い目を大きく見開くと、照れたように笑った。

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