第52話:「カナ、聞こえますか?」

「地図、ですか?」


 レオ様に、地図はないかと聞かれた。よく行く場所なら、家から見てどの方角が、どんな地形になってるか、なんとなくわかる。でも、ペト様まかせにしていたせいもあって、地図を描いてあげられるほど、情報を整理できてない。


「そう。地図があれば、手分けして調査するにせよ、連携も容易だと思ったのだが……」

「なるほど……。でも、ごめんなさい! 地図は、ないんです」


 スマホのマップも、異世界ここじゃ使えないしなあ。


 昨日は、2機のPY37γ5を描いた。それぞれレオ様とマテ君専用、オレンジ色の参号機と、マリンブルーの号機だ(ちなみに、私の乗っている弐号機は、初号機と同じ深紅の機体)。まあ、塗装は、光学迷彩をオンにしたら、関係なくなっちゃうけど。


 ひととおり操縦方法を説明して、しばらく飛行練習をしてもらううちに、最初はビビりまくっていたマテ君のほうが、面白さに目覚めてしまったらしい。夕食の間もずっと、空から見る景色のすばらしさを力説するので、今度はフェリーチャも一緒に乗ると言い出してきかなくなった(昨日は、危ないからといって、レオ様が絶対に同乗を認めなかった)。


 一夜明けた今日は、レオ様とマテ君が、それぞれ北東と南東方面へ探査飛行に出る予定だ。フェリーチャは、もちろん、レオ様の参号機に同乗し、ミチャも連れていくという。かわいそうに、マテ君はひとりになってしまった。その間、私は家に残って、次の召喚の準備を進める――要するに、絵を描く。


「いや、カナ殿、気にされるな」


 レオ様は、地図がないことも想定内だったらしい。


「ないなら、協力して作るだけのこと。ド・ポワスィこうやジャコモ殿が加わってくれれば、すぐにできあがる」

「ありがとうございます」

「カナには、ほかに大事な仕事もありますしね。ピエーロさんを救うのは、私たちみんなの願いです」


 マテ君も、そう言ってくれた。ペト様、ほんと愛されてるな。


「あれ? 地図か。そういえば……」

「なにか思い出しましたか?」

「ちょっと待ってて!」


 私は、3階の部屋に上がり、机の上に置いたままだったペト様のノートを手に取った。記憶を頼りにページをめくると、たしかに、見開き1枚で地図のようなものがある。各方角で見つかった地形などが描きこまれていて、けっこう詳しい。


 最初に見つけたときは、「さすがペト様」くらいにしか思わなかったけど、いつの間に作ってたんだろう。もとの家が中心になってるから、引っ越し先を探していたころのかな?


「レオンハルト、これって役に立ちそうですか?」


 ノートをみんなのところに持っていき、ペト様作成の地図を見せる。


「もしや、ペーター殿が作成したもの?」

「はい、そうなんです」


 川や湖、山地や森林などが、それとわかるように描かれ、ペト様の独特の字体で説明が書いてあった。


「でも、私には、言葉が読めなくて」

「LACUS …… ALBUS? ラテン語か」


 レオ様が、眉にしわを寄せて、読み取ろうとする。


「ピエーロさんのメモは、たいていラテン語でしたね」

「テオは、わかるの?」

「わわわ、私ですか? ラ、ラテン語は、わかりませんけど、ひょっとして、『白い湖』みたいな意味じゃないでしょうか」


 それを聞いたとたん、ペト様と見た光景を思い出した。ものすごく広い湖で、乳白色に近い不思議な湖面だったので、ペト様が「白い湖ですね」と言ったのをよく覚えている。


「それ、ここからだと南東の方角よね?」

「ええと……はい、そうですね」

「南東ってことは、これからテオが向かう方向じゃない?」


 やりとりを聞いていたフェリーチャが、口をはさむ。


「あ、たしかに!」

「ねえねえ、おじさま! 私たちの行き先には、どんなものがあるのかしら!?」

「ホー!」


 ミチャ&リーチャ、完全にピクニック気分だな。


「ううむ。この説明は複雑すぎて、私にはわからんな」


 地図を見ながら、レオ様がぼやく。北東なら、しばらく乾燥地帯が続いたあと、森林や湖の多い地域が広がっているはず。以前、湖に泳ぎにいったのもこのあたりだった。


「だが、ちょうどいい。ド・ポワスィ候が来られたら、すぐに説明していただけるだろう」


 レオ様が「ド・ポワスィ候」と呼ぶのは、騎士シュヴァリエジョフロワ・ド・ポワスィのこと。『チェリせん』ファンの間では「ぽわ」とか呼ばれてるけど、いちおう貴族だから、ちょっと改まった呼びかたなのかな。


「そうですね。カナも、絵のほう、がんばってください!」

「うん、まかせといて! みんなも気をつけてね!」


     ◇


 みんなが出発してから、もうかれこれ30分、PCの前に座っている。絵はまかせとけ、と言ったものの、今日はどうも調子が悪い。描く線がいちいち気に入らないので、さっきからずっと描いては消し、消しては描きを繰り返している。


「こちら、参号機。天候は快晴。すべて異常なしだ」

「あ、はい! 了解です!」


 タブレットの横においた通信装置に、レオ様からビデオ連絡が入る。スマホのことを話したら、レオ様が興味を示したので、参号機、号機に装備してみた。これなら別行動をしていても、常時連絡がとれる。画面が分割されて、みんなの顔が同時に見えるのは、夏休み前のオンライン授業みたいだ。


 両機とも、光学迷彩モードは常時オンにしてもらった。通信が、傍受とかされないことを祈るばかり……。


「カナ、ちゃんと描いてる!? 私たちががんばってるんだから、カナもしっかりしてよ!」


 なぜかメッチャ上から目線のフェリーチャのツッコミ。こういうのは、想定外だったな。


「もちろん、描いてるよ!」


 あんな風に言われると、筆が進まないことを素直に認めにくくなる。


「すまない、カナ殿。気にしないでくれ。では、またなにかあったら連絡する」

「了解です」


 通信が終わると、また一人に戻った。家でひとりきりになるなんて、はじめてかもしれない。


 うーん……。ぽわ男って、服がすこし派手だから、描くのもちょっと手間なのよね。そういえば、自作のイラストで、最初に描いたペト様以外のキャラって、ぽわ男だったなあ、とか、どうでもいいことばかり思い出す。


「カカカ、カナ、聞こえますか?」


 悩んでいると、突然、マテ君の声が響いた。画面に映るその顔は、ものすごく不安そう。


「うん、聞こえてるよ。なにかあったの?」

「こここ、これ、いったいなんなんでしょう!?」

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