第51話:ミチャ&リーチャ

「はーい。開けますね!」


 返事をしながらドアを開ける。目の前に立っていたレオ様は、私の隣にいるフェリーチャを見つけると、満面の笑みを浮かべた。


「リーチャ!」

「おじさま~!」


 フェリーチャが、レオ様に抱きつく。おじさまと呼ばれるほどの歳じゃないと思うんだけど、レオ様は、うれしそうにフェリーチャを軽々と抱き上げた。


「私、とーっても不安でしたのよ!」

「おお、おお、そうであったか! だが、もう心配はいらぬ!」


 「でしたのよ」? さっきのギャル口調は? フェリーチャにすっかりメロメロなレオ様は、そんなこと、まったく気にしてなさそう。


 てことは、ひとまず召喚成功、なのか?


「突然こんな部屋に連れてこられて、もう怖かったこと! 気がついたら、そこのオン……ええと、カナ……さん? と2人っきりでしたのよ。まったく! 一体どこですの、ここは?」

「遠い遠い世界だ。だから、私が、カナ殿にお願いをして、リーチャを呼び寄せてもらったのだ」

「じゃあ、カナ……さんは、を使うのね。なのね」


 もう呼び捨てでいいけど、私は魔女じゃないから。


「いや、そのような禍々まがまがしい存在ではない。カナ殿は、ペトルス・リプシウス先生の……」


 レオ様が言いよどみ、私のほうをチラリと見る。


「ええと……お友だち? です」


 ペト様の名前を聞くと、フェリーチャの顔が輝いた。


「まあ! 先生ドットーレが、こちらにいらっしゃるの!? 今、どちらに?」


 そう言いながら、キョロキョロ見回している。自分の命の恩人がペト様だったら、ま、そういう反応になるよね。


「お久しぶりですね、リーチャ。今、うちの主人あるじは、行方不明なのです」


 レオ様の隣でニコニコしていたマテ君が、あいさつした。その途端、フェリーチャは、さっきのキツい表情に戻る。


「え? ……誰なの、アンタ?」

「わわわ、忘れちゃいましたか! ムリありません! ももも、もう長いこと、会ってませんものね!」


 マテ君、フォローしながら、顔が引きつってる。

 

「これ、リーチャ! 先生の助手をされているマッテオ殿ではないか。覚えておらぬか?」

「あ……あ? ああ。マッテオさんね。どーもー」


 それ、絶対覚えてないやつ。


「てゆーか、先生が、行方不明? え、どーゆーこと? まさか、アンタが、なんかしたの!?」


 おっと、今度は、こっちに矛先が!


 私が事情を説明しようとすると、フェリーチャは、マテ君の陰に隠れていたミチャに目を止めた。あれ、ミチャ、緊張してる? 人見知り? まさかね。


「ちょーっと!! ナニナニナニ、どゆこと!?」


 そう叫びながら、すごい勢いでミチャに詰めよっていく。


「えー、やだ! アンタ、すっごくかわいい! 名前は? どっから来たの?」


 ミーハーかよ。ていうか、極端に好き嫌いのハッキリしたやつだなあ。


「この子は、ミチャっていうの。仲よくしてあげてね。でも、私たちとは言葉が通じないの」

「ナニナニ? そのナゾな設定!?」


 設定じゃねーよ。フェリーチャは、ワクワクしながら目を輝かせている。


「よろしくね、ミチャ! 私、リーチャ! お友だちになろう!」

「よかったね、ミチャ」


 ミチャは、めずらしく、あつの強いフェリーチャに押され気味だ。年の近い女の子は、苦手とか?


 マテ君がすすすと寄ってきて、私に小声でつぶやいた。


「よかったですね、カナ。ひとまずこれで、レオナルドさんも協力してくれそうだし」


 フェリーチャとレオ様を見ながら、私はうなづく。たしかに、これですこし肩の荷が下りたかも。


     ◇


 今日は、すこし早めの夕食にする。


 マテ君が手伝ってくれるから、食事の準備は早い。昨日来たばかりなのに、キッチンの使い方にもかなり慣れてきて、食材さえあれば、いろいろ料理してくれる。やっぱり手先が器用だし、気のせいか、料理してるときが一番楽しそうだ。


「ヤッバー! メッチャ豪華じゃない!? 誰が作ったの?」


 テーブルに並んだ食事を見て、フェリーチャが驚きの声をあげる。


「カナと私ですよ!」


 マテ君が答えると、フェリーチャは私たち2人の顔を見比べてから、レオ様に言った。


「おじさま! 私、カナ……さんとマッテオさんにお料理を習いたいわ! そして、おいしいもの、いっぱい作るの!」

「それは今から楽しみだね」

「あの、フェリーチャちゃん。私のこと、カナって呼んでくれたらいいよ」

「わわわ、私も、テオでいいです!」

「……そう? じゃあ、そうする。私のことは、リーチャって呼んで」


 レオ様とフェリーチャが加わって、食卓は一気ににぎやかになった。


 ミチャも、フェリーチャに慣れてきたらしい。言葉は通じないのに、2人で会話(?)しながら、楽しそうにしている。


 食事の間、マテ君とレオ様は、ペト様にまつわる思い出話をしてくれた。『チェリせん』で読んだことのあるエピソードもあれば、まったく初耳の話もある。あとでメモしとこう。


 そこから自然と、話題は、救出作戦のことに移っていった。


「まずは仲間を増やすことに、私も賛成だ。この人数でできることは、かぎられる」


 レオ様が、真剣な表情で言う。マテ君と私も、うなづいた。


「それから、カナ殿にお願いなのだが」

「なんでしょうか?」

「明日から早速、その空飛ぶ船とやらの操縦を教えていただけるだろうか」

「はい! よろこんで!」


 レオ様なら、そう言ってくれるんじゃないかと思ってました!


「よかったですね、カナ!」

「いやいや。もちろん、マッテオ殿もご一緒に!」

「えええ?! わわわ、私もですか? ムリですよ! ゴンドラですら、まともに漕げないのに!」

「だいじょうぶだよ。私だって、すぐできたし。テオ、機械の操作、私なんかよりずっとうまいから」

「そそ、そうですかね?」


 うまいと言われて、素直にうれしそう。ほめられて伸びるタイプ、マテ君。


「しかたありませんね。ラウティ家で空を飛んだ、最初で最後の人間にならないよう、気をつけないと」


     ◇


 食事を終え、みんなそれぞれの部屋に戻っていった。フェリーチャは、どうしてもミチャと一緒の部屋がいいと言ってきかないので、私のベッドに寝ている。


 最初にマテ君とレオ様を召喚したのは、正解だった。優しいし、頼りがいもある。フェリーチャの召喚は想定外だったけど、にぎやかなのも悪くない。


 私は、ミチャ達が寝入ったのを見とどけてから、そっと寝室を出て、隣の部屋のドアを開けた。暗がりのなかにぼんやり浮かぶ、主人あるじのいない大きなベッド。今晩から、しばらくここで寝させてもらおう。


 待ってて、ペーター。きっと助けに行くから。それまでどうか、無事でいて――


 私は、500円玉星の光に照らされた枕元に腰をかけ、ひとり、ペト様のことを想った。

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