第47話:お断りする

「レオナルドさん!」


 マテ君が、レオ様の姿を見るなり、駆け寄っていく。


 ペト様救出作戦に協力してもらうため、次に召喚するのはレオ様と決めていた。マテ君に話すと、ぜひ一緒にお迎えに行きたいと言う。もうかなり長いこと会っていなかったらしい。


 レオ様は、部屋の真ん中のテーブルを前に、腕組みしたまま座っていた。呼びかけられると、驚いた様子で椅子から立ち上がる。


「おお、マッテオ殿か!」


 レオ様は、マテ君より、背丈も肩幅もずっと大きい。長いブロンドの髪の下からのぞく眼光の鋭さ。左の頬に残る傷痕とあいまって、さすが数々の戦場を生き抜いてきた男という風格。すぐ後ろの壁には、2 m近い矛槍ヘレバルデが立てかけてある。


「お元気そうで、なによりです!」

「マッテオ殿がおられるということは、もしや先生ドットーレもこちらに?」

「はい、というべきか、いいえ、とお答えするべきか……」


 マテ君は、そう言いながら振り返って、私に視線を向ける。レオ様が「先生」と呼ぶのは、ペト様のことだ。


「いえ。今ここには、いないんです」


 私が代わりに答えると、レオ様の目がまっすぐこちらに向けられる。初対面の相手にどう応じたらいいか、戸惑っているようだ。


「はじめまして。私、奥菜おきな香南絵かなえと言います。カナって呼んでください」

「レオンハルト・ツィーグラーだ。レオと呼んでもらってかまわない」


 それにしても、すごい目力めぢからだな。


「ここは、カナ殿の屋敷で間違いないか?」

「はい、まあ……」

「カナと、ですね」


 マテ君が、なぜかうれしそうに付け加えた。


「ほう……。失礼ながら、ペーター殿とは、どういったご関係か?」

「それは、聞くだけ野暮というものですよ、レオナルドさん!」

「違うし! そういうんじゃないから!」


 私が打ち消そうとするのを、マテ君はニヤニヤしながら見ている。


「で、ペーター殿は、どちらに?」

「それが、実は……。私にもわからないんです」

「そう。誘拐されてしまったのでね」


 またまたマテ君が、横から口を挟む。レオ様の表情が、険しくなった。


「誘拐? それはまた、穏やかでないな。詳しく聞かせていただこうか」


     ◇


 みんなで朝食をとりながら、私とマテ君は、レオ様にこれまでの経緯いきさつを説明した。ミチャも一晩寝てすっかり元気になり、いつもの食欲を発揮している。


「最初に、カナ殿がこの世界に迷いこみ、その後、ペーター殿、少し遅れてマッテオ殿を呼び寄せた、と」

「はい」

「私は、昨日ようやく来たばかりですけどね」


 レオ様は、腕を組んだ。頭のなかで情報を整理するかのように、じっと考えこんでいる。異世界とか私の能力の話も、辛抱強く聞いてくれた。


「そして、ペーター殿は今、その異世界人とやらに捕らえられ、行方知れずになっている」

「この目で見たわけではないのですけど、はい。おそらく」

「異世界人については、そちらの……」

「ミチャ、です」

「ミチャ殿以外には、まだ会ったことがないのですな」

「はい」


 デザートのリンゴにかじりつくミチャを、レオ様はしばらく黙って見ていた。


「正体不明の異世界人たちから、ペーター殿を救出する、か」

「やっぱり、無茶なお願いですよね」


 私がそう言うと、レオ様の口元にふと微笑が浮かんだ。


「無茶でない、とは申しません。ただ、傭兵という稼業は、君主たちが飽きもせず、無茶な要求を突きつけ合っているからこそ、成り立つものでね」


 『チェリせん』の舞台となる16世紀は、スイス人傭兵ライスロイファーの活躍した時代だ。ヨーロッパ各地の戦場で、彼らの姿を目にしないことはなかったという。ときには、敵味方に分かれて、スイス人傭兵が戦うこともあった。とりわけ、イタリアは戦争の絶えない地域で、レオ様もそうした戦役の後、ヴェネツィアに居つくことになった一人だ。


「ところで、カナ殿。いくつかお聞きしたいことがある」

「なんでしょう?」

「私たちが話しているのは、いったい何語なのか?」

「日本語です」

「ニ、ニホンゴッ!?」


 突然、隣に座っていたマテ君が、立ち上がって叫んだ。


「マッテオ殿、まさかとは思うが、今まで気づいておられなかったのか?」

「まっ、ままま、まさか、レオナルドさん! ももも、もちろん気づいてましたとも!」

「手が震えているようだが?」


 顔を真っ赤にして、マテ君は、首をブルブル横に振っている。


「これまで魔術のたぐいを見る機会はなかったが、これは、魔術としか言いようがない」


 レオ様が、言った。


「なにしろ、目が覚めたら、学んだおぼえすらない言葉を自分が話しているのだから」

「そそそ、そうなんですよ! 私も、ビックリ仰天しました!」


 1日遅れだけどね。


「ととと、ところで、カナ」

「はい?」

「ニホンって、どこ?」


 そこかよ。でも、なんだっけ? ペト様と、はじめて会った日の会話を思い出す。


「ニホンっていうのは、えーと……ジャッポーネ?」

「ジャッポーネ!?」


 2人の声が、見事にハモった。


「たしか、チーナの隣国であったか?」


 チーナって、チャイナのことだろうな。


「たぶん、それで合ってます」

「レオナルドさん、よくご存知ですね」

「イエズス会が、東方諸国への布教を目論んでいるとかいう話も聞く」

「ほう、そうでしたか」


 朝食も終わったところで、レオ様が立ち上がった。


「カナ殿、もう一つ頼みたいことがあるのだが」

「ええ、どうぞ」

「この屋敷のまわりを見せてもらえるだろうか」

「お安い御用ですよ」


     ◇


 ミチャも連れて4人で、私たちはテラスから庭に出た。


「おお、なかなか立派な屋敷ですな」


 振り返って新居を眺めたレオ様が、感心している。ここから見ると、増築部分は高い木々の陰にほとんど隠れているので、実際はもっと大きい。


「マッテオ殿、屋敷を見えなくする魔法の話をしておられたが……」

「ああ、はい。そうなんですよ」


 説明のなかでマテ君は、光学迷彩のこともレオ様に話してくれた。大きな家だと、外から目立つのでは、とレオ様が心配したからだ。


「今はまだ見えていますが、もうすこし離れると、魔法のように家が見えなくなるんです」


 ときどき振り返りながら歩いているうちに、ある場所を過ぎると、背後の新居が見えなくなった。


「これは、すごい!」


 レオ様が驚く様子を、マテ君は得意そうに眺めている。


「実は、もっとすごいものがあるんです」

「というと?」

「この屋敷は『シールド』で守られているのですよ!」

「シールド?」


 ドヤ顔のマテ君が、説明をはじめる。昨日、「貴族の館」号で帰ってくるとき、もう一つ実験をした。ガレージの増設に合わせて、新居全体をシールドで取り囲んだのだけど、その効果を試してみたのだ。


「カナの造った船から、光の大砲を発射すると、まるで目に見えない壁のように、弾をはじき返すんです」

「光の大砲?」

「ええ、一発で、森を焼きつくすような威力がある、恐ろしい武器でね」


 いや、マテ君、話盛りすぎ。でも、「貴族の館」号の小型レーザー砲くらいなら、耐えられることは確認できた。


「『シールド』というのは、『盾』ということですな」

「さすが、レオナルドさん! そうです、盾です!」

「なるほど。カナ殿の魔術には、驚かされますな」

「そんな、大したものじゃないですよ」


 ふと見上げると、ちょうど半月の形をした500円玉星が、朝の空に明るく輝いていた。


「あ、あれです」

「?」

「ペーターも、あの星を見て、ここが地球と別の世界だって考えたんです」


 私たち4人は、しばらく500円玉星を見上げていた。


「いかがでしょう、レオナルドさん。私たちのピエーロさん救出作戦、お力添えいただけますか?」


 マテ君が尋ねると、レオ様は即答した。


「いや、お断りする」

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