第45話:怒りのミチャ

 弱音を吐きはじめたマテ君にかまわず、私は「貴族の館」号を目標に近づけた。


 モニターで見るかぎり、機体はほとんど損傷してない。乗員はどうなったんだろう? 脱出したのか、それとも……?


 にしても、あらためて見ると、ほんと小さい。子どもくらいの身長じゃないと、乗れなさそうだ。


「テオ。あれ、回収してみましょうか」

「え?」


 マテ君は、動揺している。


「だだだ、だいじょうぶなんですか?」

「ほら、情報収集もしたいし」

「それは、そうですけど……」


 たしか、貨物搬入用のアームがあったはず。私は、船をもう一度自動操縦モードに戻して、空中で停止させた。


「ええと。操作パネル、どこだろう?」


 すぐに、レバーと専用のモニターが見つかった。早速、モニターをオンにして操作してみるけど、なかなか思うように動いてくれない。クレーンゲームとか、苦手なんだよなあ。


「うーん……」

「ちょっと、やらせてもらってもいいですか?」


 しばらく前から、じれったそうに眺めていたマテ君が言う。


「あ、はい! お願いします!」


 マテ君は、上着を脱いで腕まくりすると、両手でレバーを操作しはじめた。すぐにコツをつかんだらしい。2本のアームで、黒ブーメランをみごとにつかまえた。私より、ずっとうまいかも。


「テオ! すごいよ!」

「いえ、それほどでも……」


 ほめられて、まんざらでもない様子。手先は器用なんだな。


「で、これ、どうしたらいいんですか?」

「そのままレバーを手前に引いてください」

「こう?」

「うん」


 モニターに映るアームが、黒ブーメランを捕らえたまま、格納庫に戻っていく。


「もう放していいと思います。ありがとう!」

「いえ、お安い御用です」


 マテ君のドヤ顔を見て、ちょっとホッコリする。


 それにしても、ミチャがえらく静かだ。と思ったら、私のすぐ後ろで、食い入るようにモニターを見ていた。いつになく険しい目つきで、画面をにらんでいる。


「ミチャさん?」


 ただならぬ様子に気づいたマテ君が、近寄って声をかける。こういうところ、優しいお兄さんって感じだ。ミチャは、マテ君の手を握って、そのままモニターを見ている。


「私たちと出会う前、ミチャは、こういう船に襲われたことがあったらしくて」


 不思議そうな顔をしているマテ君に、私が説明した。


「なるほど、そうでしたか。よほど怖かったんでしょうね」


     ◇


 私たちは、再び新居に向かい、東に飛んでいた。


「それにしても、あれ、どうするつもりですか?」


 マテ君が、黒ブーメランのことを気にしている。


「うん。最初は、家まで持って帰るつもりだったけど」

「はい」

「下手に持ち帰るのも、危ないかなと思いはじめて」

「突然爆発したりしたら、イヤですしね」

「心臓に悪いから、そういうのやめて」

「なかに敵が潜んでいるとか?」

「丸一日経ってるから、さすがにそれはないかな。異世界人も、待ち伏せするほどヒマじゃないだろうし」


 機体があると、こちらの居場所を探知されてしまうかもしれない。昨日も、光学迷彩を使ってるのに、気づかれてる感じだった。用心しておいたほうがいいだろう。


「だから、どこか別の場所で、機体を調べてみたいんです」

「そうですか。がんばってくださいね」

「いや、もちろん、テオも一緒よ?」

「ととと、遠くから見守るだけじゃ、ダメですか?」


 泣きそうな顔になると、余計に幼く見える(彼のほうが年上だけど)。


「もしかして、怖い?」

「こここ、怖くなんかありませんよ!」

「ミチャも、テオのこと、頼りにしてますよ」

「え、ミチャさんが?」


 さっきも、ミチャはずっとマテ君の手を握ったままだった。もともと人見知りしない子だけど、マテ君にはすぐになついたらしい。自分のことを話してると気づいたミチャが、マテ君を見る。


 マテ君の顔が見る見るうちに赤くなった。


「ももも、もちろんです! 私に任せてください!」

「頼りにしてますね」


 私は、針路をやや北に変え、丘陵地帯を目指した。


     ◇


 到着後、もう一度マテ君に操作をお願いして、黒ブーメランを外に出してもらった。念のため、前に作った護身用の銃をもち、マテ君にも1つ手渡す。


 外に降りると、晴れ間がのぞいていた。20 mほど離れたところに、黒光りする残骸が見える。あのなかに、息絶えた乗員がいるんだろうか? もしそうなら――埋葬くらいしてあげないとなあ。


「いよいよ、異世界人との対面、か」

「ミチャさんだって、異世界人でしょう?」


 マテ君が、ツッコむ。


「そう言えば、そうでした」

「あれ……? ミチャさんは?」


 私たち2人の陰に隠れていたミチャが、いつの間にか、全力疾走で黒ブーメランに突進している。大声でなにかを叫びながら。


「ミチャ! 待って!」


 マテ君と私は、ミチャを追いかける。ミチャも、すぐ立ち止まった。私たちがミチャに追いついたとたん、今度は、黒ブーメランがありえないスピードで垂直に上昇する。


「えっ!?」


 ヤバい。うかつだったか。このタイミングで攻撃されたら、ひとたまりもない。


「危ない!」


 不意にマテ君が、私たちを守るようにして立った。私もとっさに、マテ君にしがみつく。


 ミチャは? ――ミチャは、逃げ出しもせず、空を見上げたまま、そこに立っていた。怒りのせいか、顔を真っ赤にして、ときどきなにかをつぶやいている。ミチャの視線をたどると、ゴマつぶみたいに見える黒ブーメランが、はるか空高くで高速回転していた。


「ああ、そういうことか」


 どうやら、ミチャが能力で飛ばしているらしい。はたで見てると、能力使ってるのかどうか、わかりづらいのよね。


 ところで、ミチャさん。あれ、どうするつもりかな?


「アアーーー! イガーーッ!」


 イガ?


 そう叫びながら、ミチャは、手をまっすぐ振り下ろした。黒ブーメランが、急降下してくる。ああ、やっぱり、そう来ましたか……。


 機体は、すさまじい衝撃音とともに、地面に激突した。モウモウと土ぼこりが舞う。


「うわぁ!」


 私たちを守るように背を向けて立っていたマテ君が、突然の轟音に叫び声を上げた。


「ななな、なにがあったんです!?」


 泣きそうな顔であたりを見まわしている。


 黒ブーメランは、衝撃のあまり何メートルかバウンドしてから、ドスンという鈍い音をたてて着地した。


 あれだけの高さから落とされたのに、爆発しないのか(してたら、ヤバかったけど)。驚いたことに、の字の機体は、すこし歪んだだけで、まだ原形をとどめていた。


「マジすか」


 どんだけ硬いのよ。

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