第44話:嫌われもの

「空からの景色、すごいですね!」


 マテ君は、遠足に来た子どものように身を乗り出して、窓の外を眺めている。


「もう怖くなくなりました?」

「さささ、最初から、こここ、怖くなんかないですから!」


 そりゃ、失礼いたしました。わりと見栄っぱりなんだな。


「それより、カナ。私たちは今、どこに向かっているんですか?」

「戦場ですね」

「センジョウ?」

「そう。戦闘がおこなわれる場所っていう意味ね」

「いや、そういうことじゃなくて」


 マテ君、ちょっとムッとしている。


「今ね、異世界人たちの間で、戦争をしているらしいんですよ」

「ほう」

「昨日も、ちょうど戦闘がはじまったところに出くわしちゃって」

「なるほど、なるほど」

「なので、今日はそのあたりを見に行ってみようかな、と」

「え」


 と言ったまま、しばし絶句するマテ君。


「そそそ、そんな! 危なくないんですか?」

「危なくない……といいんですけどね」

「ええーっ?」


 もちろん、また戦闘に巻き込まれるのは、ごめんだ。でも、私なりに、いくつか考えていることもあった。


 現在「貴族の館」号は、ほぼ真西に向けて航行中。針路を確定したタイミングで、自動操縦モードに切り替えてある。到着地点を指定すると、あとは基本的に何もしなくてもいい。これ、メッチャ楽じゃん!


「カナは、この船の操縦をいつ覚えたんです?」

「ええと……4日くらい前?」

「4日?」

「だいたいそのくらい」

「……聞くんじゃなかった」


 まあ、逆の立場だったら、私もそういうリアクションになるかもね。


「だいじょうぶですよ! ほら、今は、自動操縦モードにしてるし」

「ジドウソウジュウモード? なんでしょう、それは?」

「船が、自分で勝手に目的地まで連れていってくれるんです」

「船が、自分で、勝手に?」

「うん! すごいでしょ?」

「それは、とても心強い……です」

「なんで涙声なの」


 昨日、大型のマザーシップと遭遇したのは、新居から見て真西よりすこし南だった。だいたいの方角さえ間違えてなければ、たどり着けるだろう。もうそろそろ近くまで来てるはずだ。


 曇り空の下に広がる景色。見渡すかぎり、どこも森ばかり。と思いきや――。


「やっぱりあった!」

「なにがです?」


 答えのかわりに、私は、前方左手を指さした。


「あの溝みたいなやつですか?」

「うん」


 通り過ぎてしまわないよう、「貴族の館」号を減速させる。溝のように見えていたところは、高い木が何本も焼け焦げたり、不自然に倒れたりしていた。近づくにつれ、むき出しになった地面も見えてくる。前にペト様と一緒に偵察したときに見たのと同じような光景だ。


「異世界人たちの空飛ぶ船が攻撃し合ってたとき、何発か、流れ弾が地面に落ちてたんです」

「それが、これ?」

「はい」


 マテ君は、帯状に削りとられたような地面の様子を、じっと眺めていた。


「死者や負傷者は……」

「え?」

「大規模な戦闘なら、死んだり、ケガしたりする人が出るでしょう?」


 怖いこと言うなあ。でも、マテ君の言うとおりだ。


「みんな空飛ぶ船に乗ってたので、あるとしたら、墜落した船かな」

「なるほど。どこかにありますかね?」


 あってもおかしくない――まだ回収されてなければ。実は、私がちょっと期待してたのも、それだった。撃ち落とされた船があったのかどうかもわからないけど、すくなくとも、例のマザーシップが落ちたということはなさそうだ。あの大きさだと、たとえ回収したとしても、どこかにあとが残っただろう。


 てことは、あの防御シールドみたいなやつ、やっぱり効果あるんだな。昨日の敵の攻撃の激しさ、ちょっと引くレベルだった。でも、あれだけ撃たれたのに、沈まなかったってことだよね。


 ひとまず様子を見るため、付近をぐるっと回ってみることにする。さっきの場所以外にも、ところどころ流れ弾の跡が残っていた。


「カナ」


 遠くを指さしながら、マテ君が言った。


「あれ、なんでしょうね?」

「さあ……なんでしょう?」


 川の両岸の木が、まばらになっている。焼けたわけじゃなくて、もともと木がすくないのだろう。明るい岩肌と対照的に、黒光りする塊が遠くからでもよく見えた。なんとなく見覚えのある色……。


「墜落した機体かもしれないです」


 私は、黒い塊のほうに船を向けながら、パネルにあるスイッチを1つオンにする。もしものときのために実装してみた、防御シールドだ。攻撃されないと効果が確認できないっていうのが、アレだけど……。


 近づくと、形がはっきり見えてくる。間違いなさそうだ。映像をモニター上で拡大してみた。


「これが、異世界人たちの乗り物?」

「はい」


 じっくり観察するのは、初めてだ。バイクほどの大きさで、画面だとブーメランのようなの字型に見える。


「しばらく前、私たち3人で散歩してたとき、襲われたことがあるんです。こんな感じの船でした」

「お、襲われた?」

「そう。あれと同じのが、50機くらい」

「それで、よく助かりましたね!」

「そのときは、ミチャが助けてくれたんです」

「ミチャさん?」


 私は、ミチャが能力を使って、間一髪で救ってくれたことを話した。

 

「うちの主人あるじが、そんな目にあっていたとは……」

「あのときは、さすがに死ぬかと思いました」


 黒ブーメランはテカテカ光ってて、Gではじまる嫌われものの虫を連想してしまう。


「ねえ、カナ」

「はい?」


 マテ君は、泣きそうな声で言った。


「私、この世界で生き残れるんでしょうかぁ?」

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