第43話:まるで貴族の館
「で、その、イセカイジン? というのは、何者なんですか?」
マテ君は、ゆっくりと食後のコーヒーを飲んでいる。
「ここは、私たちが住んでいた世界からすれば、『異世界』、つまり、まったく別の世界なので、そこの住人が『異世界人』です」
「ということは」
なにかを探すようにあたりを見まわしながら、マテ君が言った。
「ミチャさんも、異世界人?」
「そうなりますね」
「なるほ…………ドォ!?」
驚いて口を開けたままになったマテ君の視線をたどる。
「……ああ」
見ると、ミチャが横になって、くつろいでいた――ただし、空中を浮遊しながら。この姿勢、楽なのか?
「ミチャ」
声をかけられたミチャが、チラリと私のほうを見る。そして返事の代わりに、宙に浮かんだまま、ゆっくりとソファの上まで移動して、そこからスルスルと着地した。
いや、別に浮いててもらっても、いいんだけど。
「こ、こここ、これは、どうゆうことですかっ!?」
興奮すると、どもるのね、マテ君。
「ミチャの特殊能力なんです。どんなものでも、思いのままに動かすことができるの。今は自分の体だけど、その辺にあるものとか、もちろん、私たちの体だって空中を飛ばしたりできるんですよ」
「人は、見かけによらないものだなぁ」
ミチャの見かけから、なにを期待してたんだか。
「異世界人たちは、みなこの能力を?」
「うーん、ミチャ以外、直接会ったことないので、それはなんとも」
「ということは、ピエーロさんを連れ去った異世界人たちも、どんな相手なのか……」
「わからないですね」
「『わからないですね』って……」
マテ君が、ちょっとあきれ気味に私を見る。
「協力するって言ったこと、後悔してます?」
「それはないです。ないですけど、相手のこと、もうすこし知っておきたいじゃないですか」
おっしゃるとおりです。でも、どうすれば――?
「あ、そうだ!」
「なにか、名案が?」
「名案ってほどではないけど……」
マテ君は、クリクリとした目を大きく見開いている。
「テオ、空って飛んだことある?」
◇
家の増築に合わせて、新しく加えたものがある。1つは、新しい大型ガレージを設置したこと。ペト様が帰ってきたら、総勢8人で暮らすことになるかもしれない。だから、「空飛ぶ船」も、これまでより大きなものが必要だ。
「そそそ、空飛ぶ船ですって?」
マテ君とミチャを連れて、地下の第2ガレージに入っていくと、星間シャトル船が停泊していた。おお、思ったよりデカい!
「はい。この船は、今日が初フライトですけど」
このシャトルも、『ギルボア』に登場したものだ。交戦状態の火星から避難する主人公たちが、地球に帰るとき乗っていた輸送船。『詳細設定集』によれば、定員38名の設定だけど、内装を思いっきり豪華にして、10人乗りにアレンジした。
「こんなものが、ほんとうに空を飛べるんですか?」
「一緒に飛んでもらったら、わかりますよ」
「イショー!」
「ほら、ミチャもこう言ってますし」
「そそそ、それだけは、ご勘弁を! 落ちたら、どうなるんですかあ!」
マテ君が、真っ青になって拒絶する。
「えー。ピエーロさんは、よく一緒に飛んでくれたのになぁ~」
「そ、そうなんですか?」
「はい。それはもう。毎日のように」
出かけるとわかってはしゃぐミチャを見ながら、マテ君はむずかしい顔をした。
「し、しかたありませんね! ミチャさんも乗るわけですし。ももも、もしものときのために、男の私が一緒にいないと」
「ああ、よかった! それなら、安心です!」
ここは、積極的に持ち上げておこう。
◇
「わあ! まるで貴族の館のようですね!」
船内に乗りこんだマテ君が、驚いてキョロキョロしている。
「うーん。貴族の館というのを見たことないから、よくわかりませんが」
たしかに、内装は立派だ。居住エリアは広々してるし、貯蔵スペースもたっぷりとってあるので、1週間程度なら水や食糧の補給なしで航行できる。
私は、マテ君とミチャを操縦室に案内した。
「ホー! ホー!」
新しいものが大好きなミチャは、真っ先に操縦席に駆けていき、腰を下ろす。
「ミチャー! ミチャー!」
やっぱり来た、操縦させろアピール。
「操縦はダメだからね!」
「じゃあ、操縦は、カナが?」
「はい!」
「やっぱり……降りてもいいですか?」
「諦めるの、
マテ君をなだめすかして席に着かせるのは、ミチャに操縦を諦めさせるのと同じくらい手間がかかった。念のため、2人にはシートベルトを装着してもらう。
「行きますよ!」
「ホー!」
「神さまっ!」
操縦方法は、PY37γ5とほぼ同じだ。エンジンを起動すると、かすかにキーンという高い振動音が室内に響いてきた。光学迷彩モードを忘れずにオンにしておく。
「それにしても、ここからどうやって外に出るんです?」
マテ君が、不思議そうに尋ねる。ムリもない。このガレージ全体が地下にあり、窓はおろか、外に通じるゲートもないのだから。
「まあ、見てて」
私は、操作パネルの端にある黒いスイッチを、DOWNからUPに切り替える。
エレベーターに乗ったときのように、体が上の方に運ばれる感覚。すると、突然あたりに日光が差しこんだ。私たちの乗る輸送船の周囲だけが、せり上がっていく。
通学路の途中にある立体式駐車場をヒントにして作ってみたけど、この仕組み、昔の特撮番組とかに出てきそうで、カッコいい。
上昇するにつれ、遠くまで広がる森が窓の外に見えてきた。
「おお!」
マテ君が声をあげる。ミチャはもう何度も空を飛んでいるけど(自力でも飛べるし)、エレベーターのように地上に出るのは初めてなせいか、ワクワクしている様子だ。
ガレージの上昇が止まる。離陸準備OK。天気は、曇り。周囲に敵の姿もない。
私は、操縦桿をしっかり握り、輸送船――名前を忘れちゃったので、「貴族の館」号にしとこう――を離陸させた。
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