第42話:テオが なかまに くわわった!

 われながら、朝食の準備は、がんばった。全粒粉のパンにハム、サラミ、チーズ、ジャム、蜂蜜。ベーコン&エッグといろどりあざやかなサラダ。紅茶、コーヒー、ジュース、牛乳。とにかく、気に入ってもらえそうなものは、とりあえずなんでも出した。ちょっとオシャレな柄のテーブルクロスを敷き、白磁の皿とシルバーの食器を並べてある。


 テーブルの上の朝食を見て、マテ君は「おっ」と低い声をあげた。


「うちの主人あるじ、カカ、カナさんのところでは、いつもこんな豪華な食事を?」


 とても複雑そうな表情のマテ君。


「ええ、そうですね。お気に召しましたか?」


 ま、ちょっと盛ってますけどね。


「私の知らない間に、よその女なんかと……」


 マテ君が、ボソッとつぶやく。なんか猛烈にディスられてるんですが。


「はい?」

「ななな、なんでもありません! 独り言です!」

「しっかり聞こえてましたよ」


 ああ、マテ君、顔、真っ赤にしてる。やっぱ、憎めないキャラだなあ。


「オッハニョ~!」


 絶妙なタイミングで、お腹をすかせたミチャが起きてきた。見知らぬ客に驚く様子もなく、マテ君に向かってニコッと微笑むと、いつもの席について、一言。


「オナタ、スイテニョ〜!」


 ミチャ、安定のマイペース。


「こ、こちらのお嬢様は……?」


 突然の美少女にドギマギしながら、マテ君が、ミチャと私の顔を交互に見比べている。


「ももも、もしや、カナさんとうちの主人の……」

「いえ、ちがいます」


 思い違いの内容は、あえて問わない方向で。


「ミチャ! こちら、マテく……じゃないや、マッテオさんだよ」

「は、はじめまして、ミチャさん」

「マッテオー!」


 ん? 一発で覚えた? 名前を呼ばれたマテ君は、なにやら照れている。


「よければ、私のことは、カナって呼んでください」

「わかりました。では、私のことも、テオでお願いします」


 ふーん。マッテオが、テオになるのか。私は、マテ君が手を差し出すのにこたえて、握手した。


「さあ、お腹すいたでしょう。遠慮なくどうぞ!」


     ◇


 マテ君も、ミチャに負けず、なかなかの食欲だった。


「それで、カナは、いつからヴェネツィアに?」

「……はい?」

「おや、失礼! もしや、こちらで生まれたのですか?」


 ん、どゆこと?


「ヴェネツィア、一度も行ったことありませんけど……」

「……はい?」


 しばし沈黙が流れる。


「それは、つまり……」

「ひょっとして、ここがイタリアだと思ってらっしゃる?」

「え! ち、ちがうのですか?」


 ああ、そうか。私がこんなドレスを着てるから、誤解したのか?


「残念ながら、ここはヨーロッパでも、アフリカでも、アジアですらないんです」


 突然、マテ君は、短い叫び声をあげると、十字を切って、目をつぶった。


「まさか! この年で、もう神に召されるなんて!」

「いや、勝手に死なないで!」

「まだ、死んでない?」

「生きててもらわないと困ります!」


 本題を切り出すには、ちょうどいい。私は、ここが、私たちの住んでいたのとは別世界であること、私も突然ここに迷いこんだことを説明した。


「うーん。むずかしくて、よくわからない部分もありますが……」


 真剣に聞いてくれていたマテ君が、言葉をはさんだ。


「ミチャさんも、突然迷い込んだのですか?」

「いえ、ミチャは、もとからこの世界の住人です」


 マテ君は、おいしそうにジュースを飲みほすミチャの横顔を見ながら、さらに尋ねる。


「では、ピエーロさんは? うちの主人あるじは、どうやってここに来たんです?」

「彼は、私が呼びました」

「ああ、もう! 女性に呼ばれると、すぐこたえちゃうんだから、あの人は!」


 そういうツッコミ?


「実は、私、この世界に来てから、知らないうちに魔術を身につけていて」

「魔術?」

「はい。テオが食べてるそのパンも、私が魔術で呼び出したものなの」


 マテ君の動きが止まった。驚いて目を見開いたまま、手に持ったパンをじっと見つめている。


「でも……おいしいですよ」

「あ、うん。ありがとう」

「で、それはいったい、どんな魔術なんですか?」

「私が絵に描くと、どんなものでも、この世界に現われるのです」

「!」


 勢いよく立ち上がったマテ君の後ろで、椅子が音をたてて倒れる。


「まままま、まさか! 私や、ピピピ、ピエーロさんも――?」

「そうなんです」


 マテ君、かなり面食らっている。


「どどど、どうか、命だけは、お助けください!」

「いや、殺さないから!」

「でも、絵に描いたものが現われるということは……その気になれば、いつでも消してしまえるのでは?」


 なるほど。一理あるけど、試したことないな。


「消すために呼んだんじゃないよ。とりあえず、落ち着こう?」


 マテ君は、椅子を起こして、ゆっくりと腰を下ろした。気持ちを落ち着かせるように、水を一杯飲む。


「ああ、そうか!」

「?」


 突然、マテ君が大声をあげる。


「カナは、さらわれたピエーロさんを助け出したい。だから私に協力してほしい、と。こういうことですね?」

「まさにそうなんです!」


 なに、その突然の、別人のような察しのよさは?


うけたまわりました」

「え?」

「救い出すんですよね、うちの主人を?」

「ほんとうに、いいの?」

「だって、そのために私を呼んだのでしょう?」

「それはそうなんだけど……急に呼び出したのに、すんなり引き受けてくれるなんて」

「カナは、面白い人ですね」


 それ、ペト様にもよく言われたな。マテ君は、楽しそうに笑っている。


流行はやり病で死にかけていた私を救ったのは、ピエーロさんです。もし彼を見捨てたりしたら、私は地獄に落ちてしまいますよ」

「テオ……」


 やっぱり彼を最初に召喚してよかった!


「よその女に負けるわけには、いきませんしね」


 マテ君が、また小さな声でつぶやく。しっかり聞こえてますからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る