第41話:マンマ・ミーア!
この世界に来るまで、まさか自分がノートパソコンの絵を描くことになるなんて、想像もしなかった。自宅で使っているのと(ほぼ)同じPCとペンタブを一式。起動してみると、ペンタブのソフトもインストール済み。すごい!
もし『チェリ
うーん、迷ったときは、まず実験!
新しいもの好きのミチャは、さっきから興味津々の様子。私は早速、昨日から
「ホー!」
リビングのテーブルの上に、おはぎが3つ出現した! ミチャと1個ずつ、試食してみる。おお! これ、食べたかった味なんですぅ~!
「これが地球の技術力というものだよ!」
『ギルボア』の名セリフを拝借する。でも、よく考えたら、すごいのは、なにげにデジタル対応しているこの世界の魔術のほうか。
最後のおはぎは、当然のように、ミチャが食べた。ああ、ペト様にも食べさせてあげたかったな……。もとい、食べさせてあげるんだ!
半日悩んだあげく、私はささやかながら、決心した。『チェリ占』のキャラたちを召喚しよう。そして、彼らの力を貸してもらおう。
召喚する以上、この世界で幸せに暮らしてもらえるよう、自分にできるだけのことはする。私の魔術を使えば、たいていのことはできるはずだ。万が一、私が21世紀の日本に帰ることになっても、それぞれの希望に、できる範囲でそえるようにしたい。
無責任で、身勝手かもしれないけど、結局、私にはほかに手段がない。この付近を飛びまわっている異世界人たちのことや、その異世界人たちに拉致されているはずのペト様のことを考えると、一刻もムダにできなかった。
となると、最初に召喚するのは――やはりあの人だな。
◇
私がまず取りかかったのは、家の増築だった。なにしろ、短期間のうちに、5人の同居人が増えることになるので、住環境を整備しておく必要がある。それぞれのメンバーに十分な広さの部屋を用意し(バス・トイレ完備!)、5人がゆったりと過ごせる共有のリビングやダイニングも付け加えた。
描いたものの実体化については、最近一つ気づいたことがある。
鉛筆画のように色のない絵でも、あらかじめ頭のなかでしっかりイメージしておけば、だいたいそのとおりの色になる――このことは前から気づいてたけど、どうやら実体化が起こる場所も、ある程度コントロールできるらしい。さっきのおはぎも、テーブルの上に出現させようと意識したら、きちんとそこに現われた。
PCとペンタブで描くとき、いちいち装備一式かかえて移動するのは、面倒すぎる。出現位置を指定して描けるのなら、すっごくありがたい。
◇
私は、増築した一室の前に立ち、意を決して、ドアをノックした。
ドアの向こう側で、ひとの気配がする。返事はない。
「入ってもよろしいですか?」
「え? ええ、どう……ぞ」
戸惑った声で返答があった。ゆっくりとドアを開ける。私も心臓バックバクだけど、できるだけ平静をよそおい、笑顔をつくりながら、足を踏み入れた。
「お目覚めですか?」
相手は、私の顔をじっと見ながら、無言でうなずく。まだベッドの上に座ったまま、布団を両手でしっかりつかみ、まるで盾にするかのように構えていた。
明るい栗色の髪が内巻きにゆるくカールしながら、肩まで届いている。クリクリッとした大きな丸い目をした愛嬌のある顔のせいで、年齢よりちょっと幼く見えるかも(彼のほうが年上だけど)。
「マッテオ・ラウティさん、ですね?」
「ど、どどど、どうして私の名前を!? そ、それより、ここはいったい、ど、どどど、どこなのでしょう?」
ああ、なんか、メッチャ緊張されてる。
「説明すると、すこし長くなるんですけど……」
「きょ、今日は、
「ひょっとして、その『主人』というのは、ペトルス・リプシウス様のことではありませんか?」
驚いたマテ君が、ベッドから飛び起きた。
「マンマ・ミーア! ピエーロさんをご存知なのですか! 失礼ですけど、あなたは?」
「カナといいます。その、ピエーロさんの……まあ、友人の1人です」
ピエーロっていうのは、ペーターのイタリア語版? ラノベで、そんな呼び方してたっけ。
マテ君が、私の姿をまじまじと見つめる。私は、久しぶりにイザベラ・デッラ・スカラ風の華やかなドレスを着ていた。
「はあ、なるほど……。そういうことですか」
え? マテ君、なにを納得したの?
「それで、
「ほんとうなら、この家にいるはずなのですが……」
「いつの間に、こんな別宅を……。で、今は留守なのですね?」
マテ君は、ずいぶん警戒を解いてくれたらしい。私に詰め寄るように尋ねる。
「一言でいうと、誘拐されたらしいのです」
「ああ! いつかそんなことが起こるんじゃないかと、心配してたんですよ!」
「そうだったんですか?」
「誰です? 誰がピエーロさんを連れ去ったんです? イエズス会の連中か、それともあの、なんとかいう公爵夫人か。ああ、もう! 思い当たる人が多すぎて!」
さすがはマテ君、主人想いだけど、そそっかしいのよね。そこがまた、かわいいのだけど。
「そのどれでもないんです。ええと、ひとまず、詳しくお話しないといけないので、どうでしょう? お腹、空いてませんか?」
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