第40話:ベスト・メンバー

 一瞬、ナギちゃんも私も、驚いてミチャを見た。


「えっと、ごめん」


 私は急いで説明した。


「ミチャ、日本語は通じないんだ」

「ああ、うん」


 はっきり「ユウトさん」と聞こえた気もしたけど、偶然だろう。


「で、なんだっけ?」

「ユウトさんがどうしたかって話」

「ああ、それそれ。要するにね、先輩もカナと同じ状況ってこと。失踪中」


 ナギちゃんは、さらっと言ってのけた。


「ええっ! 失踪?」

「イヤイヤイヤ、失踪してる当人が、そんな驚くなよ」

「いつから?」

「それが、よくわからないんだ。先輩、もともとお父さんと2人暮らしだったらしいんだけど、ユウ……らまったく連絡が……」


 突然、画面の動きが止まった。案の定、電波が切れている。しばらく待ってみたけど、つながらない。


「ダメか」


 すぐに画面がブラックアウトして、通話が終了した。


「ユートー……」


 ミチャがつぶやく。まるで、行方不明になったユウトさんの安否を気づかうかのように。


     ◇


 家に帰ると、もうヘトヘトだった。パトロールも命がけだ。


 軽く昼食を済ませてから、スマホをもってソファーに腰かける。ナギちゃんから、通話と並行して、たくさんのメッセージが届いていた。私と同じことを考えてたんだな。ラインで、いろいろなことを書き溜めていたらしい。


 ユウトさん失踪事件のことも、触れられていた。なんでも、お父さんが東京に単身赴任で、去年の秋ごろから、実質1人暮らしだったとのこと。それって、文化祭で一番忙しかった時期じゃん。ちっとも知らなかった。


 お盆前に帰省したお父さんが、ようやく異変に気づいたという。家はしっかり鍵がかかっていて、室内を荒らされた様子もない。自宅のパソコンの最後ログインは、8月4日だった。


 スマホの履歴を確認すると、私がユウトさんと最後にやりとりしたのは、8月2日の日曜日。その直後から、行方不明だったということか。


 ラインで送った「そろそろ本をお返したいんですが」というメッセージへの返事はこうだった。


〈ゴメン、最近ちょっと立て込んでて。まだ借りたマンガも読み終わってない〉


 なんでもすぐ読んじゃう人というイメージだったから、読み終わってないと言われて、めずらしいなと思ったのを覚えている。「最近ちょっと立て込んでて」の部分は、勉強で忙しいのかな、くらいに思っていた。


〈ついでに、奥菜おきなに見せたいものもある〉


 これが最後のメッセージ。いったい、なにを見せるつもりだったんだろう?


〈そんで、カナ&ユウトさんの駆け落ち説が流れてたわけよw〉


 ナギちゃんのラインは、そう説明していた(笑いごとじゃねーわ)。


 けど、アニメーション同好会の先輩後輩という間柄だ。コロナでろくに外出もできない夏休みのこと。2人があいついで行方不明になれば、そういう憶測が出てくるのは、まあ、わからなくもない。


 そういえば、一つだけ、ナギちゃんに言い忘れてたことがある。前回の電話のあと、ラインの履歴を見たら、私のメッセージに既読がついてたこと。覚えているかぎりでは、こちらの世界に来た直後、既読はまだついてなかった。


「まあ、ユウトさんの心配しても、しょうがないか」


 私は、ラインを閉じた。待ち受けにしたペト様の写真が、優しく微笑んでる。今ごろ、どこでどうしているんだろう?


     ◇


 私は、テーブルの上に紙とペンをおいて、考えこんでいた。ほんとうに『チェリせん』のキャラたちを召喚することになったら、どうなる?


「助けるためには、仲間が必要……か」


 たしかに、ミチャと2人でできることには限界がある。ミチャの能力はすごいけど、言葉が通じないから、発動はミチャまかせ。てことは、実質的に、ほぼ使用不可能なのよね。


 頭のなかで、ナギちゃんが候補にあげたキャラを思い浮かべてみる。


  アル様(アルフォンソ・デ・トレド)

  マテ君(マッテオ・ラウティ)

  レオ様(レオンハルト・ツィーグラー)

  ぽわ男(ジョフロワ・ド・ポワスィ)

  ジャコちゃん(ジャコモ・グアルティエーリ)


 まあ、たしかに『チェリ占』ベスト・メンバーか。ていうか、これ、ペト様と海賊イザッコを入れたら、去年ナギちゃんに読まされた同人誌『修道士アルフォンソ・デ・トレドの秘密報告』の男性キャラ、勢ぞろいじゃん。BL本で出てくるのって、だいたいこのあたりだもんね。


 5人とも、これまで何度か描いたことはある。アル様にいたっては、去年の同人誌でずいぶん練習した(させられた)。だから、描けといわれれば、すぐにでも描けるんだけど……。


 考えたら、こんなに長い間、『チェリ占』キャラ(特にペト様)を描かないなんて、小6でイラストをはじめて以来、一度もなかった(なぜか高校受験の時期を含みます)。


 もちろん、別にスランプとかじゃない。ていうか、ペト様を描きたい気持ちは、いつも以上にあった。なんといっても、モデルご本人が毎日一緒だったわけだし。


 でも、この世界で描いてしまったら、そのキャラがリアルに存在してしまう。


 最初にペト様を描いたのは、知らなかったことだから、やむをえないとしても――私の身勝手な理由で、この人たちを、縁もゆかりもない異世界に召喚してしまっていいものなのか?

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