第39話:ハーレム作っちゃえば?

「お~! 生カナだ~!」

「ひさびさだね」


 お互い、顔を見るのは2週間ぶりだ。さっきから興味津々で私たちの会話を眺めていたミチャも、スマホに近寄って、のぞき込んでくる。


「お! この子が、例の異世界美少女?」

「そう。ミチャっていうの」

「ハロー、ミチャ~!」


 スマホのなかから手を振るナギちゃんに、ミチャは口を開けたまま、絶句している。


「ミチャ、ナギちゃんだよ」


 驚きのあまり目を見開いたミチャが、今度は私を見つめるので、ナギちゃんが爆笑した。


「目、デカ! カナの3倍くらい、あるんじゃない?」

「ほっとけ」

「で?」

「『で』って、なにが?」

「いや、ペト様は……?」


 ナギちゃんだって、重度の『チェリせん』オタだ。ペト様、見たいよな、そりゃ。


「消えた」

「え?」

「いなくなった」

「くわしく!」


 できるだけ手短に、私は経緯いきさつを話した。幸い、電波はまだ安定している。


「うーん、そうかあ……。助け出すって言っても、ペト様の居場所、わからないんだよね?」


 私が説明を終えると、ナギちゃんが尋ねた。


「うん。今のところ、手がかりはゼロ」

「難易度たけえミッションだな」


 まあ、私だって途方にくれてるのに、事情を聞いたばかりのナギちゃんが困るのは、ムリもない。


「それより、そっちの状況ってどうなってる?」


 今度は、私が尋ねた。


「カナのパパとママには、話したよ」


 ナギちゃんが、当然でしょ、と言わんばかりの顔で答える。


「え、話した?」

「うん、お宅の娘さんは、推しと仲良くやってるって」

「言い方!」

「間違ったこと言ってねーし。カナが送ってくれた動画、見せたんだ。一番手っ取り早いと思って」


 なるほど、ナギちゃんらしい。すばらしき行動力。


「で、うちの親、なんか言ってた?」

「わかったって」

「……それだけ?」

「いや、もちろん、いろんなこと聞かれたし、こっちもできる範囲で答えた」

「かたじけない」


 ナギちゃんは、スマホ越しにガン見するミチャに手を振っている。


「カナとの連絡が途絶えて、大騒ぎだったからね。でも、カナのパパ、動画見たら、ひとまず捜索願は取り下げようって」

「そうなの?」

「カナのスマホ、GPSの位置情報がつかめなくなってるんだ。だから――誘拐の可能性が高いって、警察の捜索が始まってたの」

「マジすか」


 まあ、この状況だと、そうなるか。


「カナのパパとママね、誘拐じゃなくて、ペト様と一緒ってわかったから、安心してくれた」

「そっか」


 ラノベとかにまったく縁のないあの人たちが、よく納得してくれたものだ。


「でもまさか、そのペト様が誘拐されちゃうとはねえ。想定外」

「どうしたらいいと思う?」


 私が尋ねると、ナギちゃんも肩をすくめてみせた。


「正直、わかんない。けど、すくなくともカナ1人じゃ、むずかしいんじゃない? 仲間がいないと」

「仲間?」

「その子、ミチャだっけ? メッチャかわいいけど、戦力にはならなさそうだし」

「うん、まあ、そうかな」


 超能力のことは、説明長くなるし、やめておこう。


「どっちにしても、さ。女2人で、異世界人たちからペト様を奪還するなんて、無謀すぎじゃね?」

「でも、仲間なんて、どこから呼んだら?」

「エ? 頭悪いの?」

「ハァ?」

「そっちの世界で人物を描いたら、本人が現れるんでしょ?」

「え、もしかして……?」


 私の答えを先どりするように、ナギちゃんがうなずく。


「それ以外ないでしょ。まったく! なんのために『チェリ』オタやってんだよ!」

「言いたいことはわかるけど、そのためにオタやってるわけじゃないことは、断言できるよ」

「とにかく、非常事態ってこと」

「でも、描くって、誰を……?」

「アル様でいいじゃん」

「えー」


 イエズス会士アルフォンソ・デ・トレド、通称アル様。『チェリ占』では、ペト様と人気を二分する登場人物。去年、アニ同の同人誌で、アルxペトの絡みまで描くことになったけど、やっぱり私にとっては苦手なキャラだ。


「『チェリ占』のなかでは、ダントツで有能よ」

「かもしんないけど……。どうしても、あのヒゲが好きになれない」

「ぜーたく言うなよ。それに、ペト様を助けるってなったら、前のめりで協力してくれるぞ!」

「それ、ナギのBL願望入ってるって」


 まあ、行動力という意味では、ナギちゃんの言うとおりだろう。いろいろ腹黒い思惑はあっても、ひとつペト様に恩を売っておこうくらいの気にはなってくれるかもしれない。


「あと、マテ君は外せないよね」

「マッテオ、律儀だもんね。たしかに、協力してくれそう」

「協力っていえば、きっとレオ様もよろこんで一肌ぬいでくれるよ」


 マッテオ・ラウティは、占星医術師イアトロマテマティクスとして活動するペト様の助手。ちょっと頼りないところもあるけど、気づかいの達人で、ペト様の忠実な従者でもある。


 レオ様こと、レオンハルト・ツィーグラーは、スイス出身の傭兵で、ヨーロッパの数々の戦場をくぐり抜けてきた、いくさのエキスパートだ。ペト様に信頼を寄せ、恩義を感じているから、力にはなってくれそう。


「なるほど」

「あとは、ぽわとジャコちゃんくらい?」

「え、そんなにたくさん?」


 ジョフロワ・ド・ポワスィ。ファンには、ふつう呼び捨てで、「ポワ」とか「ぽわ男」と呼ばれている。フランス出身の騎士で、美術や学芸をこよなく愛する優男やさおとこ。見栄っぱりで、ちょっぴりお調子者だけど、ペト様のよき理解者だ。


 ジャコモ・グアルティエーリ、通称(お)ジャコちゃんは、ヴェネツィア商人。ペト様の医師としての評判のため、国内外から舞いこむ依頼を、医療ブローカーとしてペト様に仲介している。「業務上のパートナー」と言っているけど、ペト様には、ひそかに友情以上の想いを寄せる存在だ。


「仲間は多いほうが、なにかと安心だよ」

「それはそうだけど……」

「この際、せっかくだし、ハーレム作っちゃえば?」

「なんか、他人ひと事だと思って、面白がってない?」

「他人事じゃないから、言ってんの! 1人で行動とか、絶対するなよ!」

「うん……ありがとう」


 画面のナギちゃんに向かって礼を言う。いや、でも、この顔はやっぱり、ちょっと面白がってる?


「あ、そうだ! ナギちゃんに、もう一つ聞きたいことがあったんだ!」

「なんでも聞くがよい」

「ユウトさんって……なんかあったの?」

「それは、こっちが知りたいよ」

「どゆこと?」


 うーん、どこから話そうか、と考えているナギちゃんを前に、突然ミチャが大声を出した。


「ユートサン!」

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