第37話:ひょっとして見えてる?

 どのくらいの時間、ここに座ってたんだろう。


 ペト様のビデオを5回観た。そのあとは、ずっと泣いていた。もう一生分、泣いた気がする(まだ泣けるけど)。


 静止画になったままのスマホの画面は、いつの間にか、スリープになっている。今は、スマホの時計を確認することすら、しんどい。


「助けに……行かなきゃ」


 さっきから、何度も独りごとのように、つぶやいている。ペト様が私(たち)を捨てて、どこかに行ってしまったなどと、ほんの一瞬でも想像した自分を責めた。


「私って、ほんとバカ! ……知ってたけど」


 力のおよぶかぎり、守ります――


 そう言ってくれたのに。本気で言ってくれてるって、わかってたはずなのに。


 ペト様は、私とミチャを守ろうとして、になってくれたんだ。そのまま戻ってこないってことは、なにかが起きたとしか思えない。自力では帰ってこれなくなるような、なにかが。


 それは、ビデオに映っていた「空飛ぶ船」と関係しているんだろう。


 でも、どうすれば、ペト様を救出できる? ていうか、はいったい何者? 相手がどこにいるかもわからないのに、どうやって助けに行くんだ?


 ペト様は、もう一つ気になることを言っていた。「空飛ぶ船」が、最初のうちは遠くを飛んでたけど、だんだん近づいてきてるって。


 光学迷彩で身を隠していても、私たちの居場所がある程度わかってしまうってこと? だとしたら、厄介だ。連中がまた襲ってくるのは、時間の問題かもしれない。


「もう! 私たちが、なにしたっつーの?」


 山野井君の話じゃないけど、私たちを追い回したところで、誰の得にもならないだろうに。


     ◇


 気がつくと、夜が明けていた。ソファーで寝落ちしてたみたい。いつの間にか、毛布がかけられている。


 もしかして、ペト様? と思って、隣を見ると、毛布にくるまってミチャが寝ていた。


「探しにきてくれてたのか」


 うーん。私が、この子を守らなきゃいけないのに、むしろ心配されてるじゃん。


「しっかりしなきゃ」


 私の独り言に、ミチャも目を覚ました。


「カナー」


 眠い目をこすりながら、ハグしてくる。モコモコのパジャマ姿がかわいい。ああ、一人ぼっちじゃなくて、ほんとによかったな、と思う。


「ペーター……?」


 キョロキョロと見回しながら、ミチャが尋ねる。


「ううん、いないの。私たちを守ろうとして、行っちゃったの」


 ミチャは、つぶらな瞳で私をじっと見つめたまま、黙ってしまった。言わないほうがよかったかな? でも、泣いちゃうかと思ったら、けっこう平気そうかも。


 いや、こういう美少女モードになってるときは、たいてい例のやつが来るんだよな……。


「オナタ、スイテニョ〜!」


 ブレないね、あんたは!


     ◇


 昨日に続いて、私たちは、朝のパトロール飛行に出かけた。今日の天気は、雲ひとつない快晴。


 助手席のミチャは、『宇宙艦隊ギルボア』に出てくる国連防衛機構の士官スーツを着ている。私と一緒に『詳細設定集』を眺めているとき、これが着たいとおねだりしてきた。『ギルボア』の女性士官エーリカ・イムホーフさん、長身にスーツ姿がピシッとしてて、たしかにカッコいいよね。ミチャが着ると、なんかムダにかわいくなっちゃうんだけど……。


 パトロールに出発するときから、光学迷彩モードは常時オン。昨日の二の舞は、もうごめんだからね。行き先は、決めてない。家のまわりをぐるっと何周かするくらいか。非常時にそなえて、操縦にも慣れておきたいし。


 操縦パネルの上に置いたスマホから、ダウンロードしてあったアニソンが、ランダムで流れている。


「ミチャ、グミ食べる?」


 返事のかわりに、手が伸びてきた(笑)。袋に小分けしてあったグミを渡す。今日は、メロン味。飛行中でもちょっと別のことができる程度には、操縦も余裕が出てきたかな。

 

 それにしても、ほんとによく晴れている。ペト様がいたら、また湖に泳ぎに出かけてたかもしれない。


「あれ?」


 気のせいかな? 右手のほう、なにか飛んでる。黒っぽい影が3つ、4つ。鳥? こちらの動きとほぼ並行して動いている。


 私は、操縦桿をすこし左に傾けて、回避した。触らぬ神にはたたりなし、っとね。


「あれあれ?」


 影は、遠ざかるどころか、針路を変えて近づいてきている。全部で4つ。どう見ても、鳥じゃない。青白い光を放ちながら、まっすぐ私たちの方に飛んでくる。光の加減で黒く見えてたけど、鈍いプラチナのような色合いだ。


「この動き……こっちのこと、ひょっとして見えてる?」


 私は、ひとまず相手の出方を見たくて、空中で停止した。その間にも、向こうはグングン接近してきて、あっという間に追いつかれてしまう。通過していくかと思ったら、ほぼ同高度、数百メートル離れたあたりで停止した。


「これ、ヤバくない?」


 4機の「空飛ぶ船」に取り囲まれてしまった。どことなくレトロなデザインの機体。でも、昨日のとはちがって、攻撃もしてこない。やっぱり見えてないのか?


 隣のミチャがまた興奮して、早口でなにかしゃべってる。うーん、ごめんね。言ってること、わかんないよ。


「どうしよう?」


 とりあえず回避だ。試しに、そのままゆっくり降下してみる。高度、1800……1600……1400……。


 うーん。ガッツリついてきてるんですけど! 攻撃もせず、ストーカーみたいについてくるだけって、 それはそれでホラーだ。


 にしても、フラフラ飛んでるように見えるのは、気のせいか? こちらが動くたびに、急接近するかと思えば、また離れたりする。姿は見えてないけど、レーダーで把捉されてるとか……? ペト様の言ってたとおり、光学迷彩があっても、居場所がわかってしまうのか?


「あれあれあれ!?」


 急にあたりが暗くなる。気がつくと、私たちの頭上に、巨大な「空飛ぶ船」が出現していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る