第33話:ペト様を探して

「ミチャー! ミチャー!」


 無事ガレージまで戻った私を、ミチャは小躍こおどりしながら、出迎えてくれた。


 ――のは、いいんだけど、今度は自分が操縦するといってきかない。ひょっとして、私が離陸したとき、うれしそうに跳びはねてたのも、自分の順番が楽しみだっただけか?


「えっと、そういう遊びじゃないから!」

「ミチャー!」

「いや、ムリだって」


 なかなかあきらめそうにないので、私は、ミチャの大好物の一つ、グレープ味のグミを一袋まるごと手渡した。非常手段だ。


「グミー! グミー!」


 チョロいな。てか、食べ物の名前だけ、なんでそんな覚えるの早いのよ?


 とにかく、これでしばらく、ミチャの気をそらすことができそう。


 私は、急いで昼食などの支度をバッグに詰めると、「空飛ぶ船」にミチャと一緒に乗り込み、ふたたび出発した。


     ◇


 高度計は、およそ1500 mを指している。操縦にはすこし慣れたけど、やっぱり空を飛ぶのは、まだちょっと怖い。窓にあたる雨がすこし強まってきた。


「ペーター、オムカネー!」

「そう、お迎え、ね」


 私たちがどこに出かけるのか知りたがっている様子だったので、ミチャには、ペト様を迎えにいくと説明しておいた。例によって、伝わってるかどうかはあやしいけど。まあ、ウソはついてないから、いいか。


 とはいえ、どこを探したらいいのやら……。家にじっとしてられなかったから出てきたものの、完全にノープランだった。ペト様がどうしていなくなったのか、わからない以上、行き先だってさっぱり見当がつかない。


 ただ一つ思い浮かんだのが、前の家だった。ペト様がいるとは思えないけど、あそこに行けば、なにかわかるかも……。私は、空飛ぶ船の針路を変えた。引っ越しのときに何度も往復したから、だいたいの方角ならわかる。


 視界に入る空は、どんよりした雨雲で覆われていた。ちょっと高度をあげれば、雲の上に出られるんだろうけど、雲のなかを突っ切って飛んでいく勇気は出ない。


 目的地までは、15分くらいか。グミを食べ終わったミチャも、おとなしく窓の外を眺めている。


 私がこの世界で最初に見た丘陵地帯は、土と岩だらけだったけど、その南側に位置するこの一帯は、森や林の多い地域だった。森のなかを縫うように、いくつかの川が流れている。


 その景色を見ながら、私は、移住先を探している間に、ペト様がふと口にした疑問を思い出した。


「カナは、不思議だと思いませんか?」


 操縦しながら、ペト様が言った。


「不思議?」

「この星で、けっこうあちこち行きましたけど、まだ町らしいものは一つも見ていませんよね?」

「おお! そういえば、そうですね」


 この世界で私が最初に探そうとしたのも、人の住む町だった。結局、ペト様がいてくれたおかげで、それから、私の能力(?)のおかげで、その必要は感じなくなったけど、無人星でもないのに、人々の暮らしている光景はまだ見たことがない。


「この星の空飛ぶ船を見れば、相当な文明があることは間違いないでしょう。ミチャが着ていた服にしても、とても立派なものでした。きっとたくさんの、熟練した職人がいるはずです」

「なるほど」


 その日、私たちは何度目かの探索飛行を終え、日の沈みかけた薄明のなかを飛んでいた。ある程度の都市があれば、町の灯で、すぐにそれとわかっただろう。


「もちろん、この星を隅から隅まで見たわけではありませんが、町の一つや二つ、見ることがあってもよさそうなものです。いったい、彼らはどこにいるんでしょうね?」

「うーん……。この星の人、みんなシャイで、どこかに隠れてるのかな?」


 ペト様は、衝撃を受けた様子で、私の顔を凝視すると、笑い出した。


「さすが、カナ! その発想は、ありませんでした!」

「あれ? 私、また変なこと言いました?」

「いえ! きっとカナの言うとおりにちがいないですよ」

「あ、また、からかってるでしょ!」


 ――そんなやりとりを思い出す。


 私は、思い出し笑いしながら、目に涙があふれてきた。ダメ。前が見えなくなる! 泣くか、笑うか、どっちかにしろよ、私。


     ◇


 そろそろ目的地に近づいてきたので、ゆっくり降下していく。高度500 mを切ったあたりで、前の家が確認できた。高い木がほとんどない川辺に建てたので、遠くからでもよくわかる。つい何日か前まで、ペト様、ミチャと一緒に暮らした家……。


「オー!」


 隣に座るミチャも、見覚えのある家に気づいたらしい。でも、


「オー?」


 私とミチャは、顔を見合わせた。なんか、様子がおかしい。家の壁が、やけに黒ずんでいる気がする。


 ひとまず状況を確認したくて、私は、弐号機を家の正面に着陸させた。


「どうなってんの、これ!?」


 悲惨な光景――。私たちの家は、まるで放火にでもあったみたいに、一部が焼け落ちていた。また、別の部分、ちょうどペト様の寝室があったあたりは、強い力かなにかで吹き飛ばされたように、屋根ごとなくなっている。


 暴風や落雷とかの自然災害が原因でないことは、間違いなさそうだ。がやったにしても、きっと敵意のある存在だろう。引っ越したほうがいいというペト様の判断は、やっぱり正しかったのね。


 ――などと感心してる場合じゃない。ミチャも、不安げにあたりを見回している。ここには、長居しないほうがいいだろう。一刻も早く、この場を立ち去らないと!

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