第30話:星に願いを

 片づけが終わり、疲れて寝そうになるミチャのお風呂も、なんとか済ませた。


「ミチャ、すっごく楽しそうだった」

「私も、楽しかったですよ。カナのおかげです」


 今は、ペト様と2人で、浴衣のままバルコニーに座って、夜空を眺めている。


 新居は3階建てで、引っ越し前よりも大きめに造った。周囲は森に囲まれ、裏手が小高い山になっているので、比較的目立たない場所だけど、空からだと見つかってしまうかもしれない。


 そこで思い出したのが、『ギルボア』に出てきた「光学迷彩」というアイディアだった。理屈はよくわからないけど、要するに、外からだと目に見えない、カムフラージュの仕組み。


 にしても、「外からだと目に見えない」家なんてものを、どうやって絵に描いたらいいのか? 自信なかったけど、頭のなかでしっかりイメージしてから描きはじめたら、一発でうまく行った。ペト様は「魔法の家」と呼んでいる。


「今日だけじゃありませんね。この世界に来てから、ずっと楽しいことばかりです」

「こちらこそ! でも、みんなペーターのおかげかな」

「その言葉、そっくりお返ししますよ。カナの魔法がなかったら、今ごろどうなっていたか……」


 ペト様が、うれしそうに言う。本心なんだろうけど、内心、すこし複雑。


「でも、そののおかげで、ペーターもこの世界に来ることになっちゃったわけで……」


 空はよく晴れていて、たくさんの星が輝いている。ペト様は、すこしだけ考えてから、こう言った。


「カナも私も、こうなることは、前もって知りようがありませんでした。ただ、もし知っていたとしたら、カナはどうしていました?」

「私、ですか?」

「はい」

「うーん。どうしてたかなぁ……」

「私は、同じことをしてくれるよう、カナにお願いしていたと思います」


 星空を見上げたまま、ペト様は言った。


「どうして?」

「どうしてって……」


 ペト様は、すこし不服そうな表情を浮かべている。


「おそらく、それが、カナと出会う唯一の可能性だったでしょうから」

「私なんて……そんな価値、ないのに……」

「もしも、私がお願いしていたら、カナは望みをかなえてくれましたか?」


 今度は、私の目をまっすぐ見つめながら、尋ねてきた。


「きっと……お願いなんかされなくても、同じことしてたと思う」

「それを聞いて、ちょっと安心しました」


 うーん、言わされちゃった(照)。


「こうなることは、私たちの運命だったのかもしれませんね」

「運命?」

「はい」


 ラノベやアニメなら、何度も読んだり聞いたりした言葉だけど、運命なんて、今まで本気で考えたことなかった。でもたしかに、あの日、ペト様を描く以外の選択肢は、なかったような気もする。


「この世界に、偶然などというものはないのかもしれません。私たちの行動は、それこそ生まれる前から、私たちを越えた力によって定められている。すくなくとも、私は、そう信じています」

「たとえそれが、苦しいことや、悲しいことでも?」

「うーん。楽しいことや、うれしいことばかり、というわけには行かないでしょうね」

「あんまりつらい運命だったら、イヤだな。好きな人と別れちゃうとか……」 


 私は、ペト様の顔を見ながら言った。


「だいじょうぶですよ。きっと、ご家族やお友達にもまた会えるでしょう」


 あ、いえ。私が心配してるのは、そっちじゃなくて――。


「でも、運命って、誰が決めてるんでしょうね?」

「それは、わかりませんね」


 ペト様は、ふとまた空を見上げた。


「古代の学者たちの間では、星々の動きのなかに、私たちの運命も記されているという説も唱えられていました」


 それって、ペト様がかかわることになる占星医術イアトロマテマティカの考え方だ。


「『星のしるしのもとにある運命さだめ。死すべき者には変えるべくもない』、ですね」


 突然、ペト様が、椅子から立ち上がった。


「カナ、今、なんとおっしゃいました?」


 しまった! またやっちまった!! この『チェリせん』の有名なセリフ、ペト様が占星医術師になってからのもの。今ここにいるペト様より、時系列ではもっとずっと後の話なのに!


「ごめんなさいっ! また私、おかしなこと言っちゃいましたね!」

「いいえ! まったくおかしくありません……。おかしくはないのですが」


 ペト様は、じっと私の顔を見た。


「今の言葉、なにかの引用でしょうか?」

「ええと……どうかなぁ。そうだった……かも?」


 まさか、あなたの言葉の引用ですなんて、言うわけにもいかないし……。


「自分がぼんやり考えていたことを適確に表現していたので、驚いてしまいました。まるで……頭のなかを観察されてしまったような気分です。つくづく不思議な人ですね、カナは」

「こ、光栄です」


 あ、ほめてるわけじゃない?


「ただ……」


 ペト様は、まるでなにかを探すかのように、星空を見回しながら、言った。


「私も、この世界に来るまでは、その学者たちの意見におおむね賛成だったのですが……」

「今は、ちがうの?」

「正直なところ、よくわからないのです」

「そうなんだ?」

「この世界と元の世界とでは、惑星や星座がまったくちがいますね?」

「うん」

「占星学では、いつ、どの惑星が、どの星座にあるかを手がかりに、運命を知ろうとするのですが……」

「ああ、そっか。わかってきたかも」

「はい。運命が、星の動きのなかに書きこまれているのだとしても、私たちが知っているのとは別の言葉で書かれているようなものです。読みとるすべがないのです」

「それは、困ったね」


 その瞬間、星空を明るい光が2つ、続けて流れていった。


「流星ですね」

「うん。流れ星に願いごとをすると、かなうっていうけど」

「カナだったら、どんな願いごとをしますか?」

「私の願いごとは、1つしかないよ」


 いつまでも、あなたと一緒にいられること。それだけです!




 【第1章「出会い」編 終わり】

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