第29話:定番の花火

「日本の花火は、たくさん種類があるんですね!」


 テーブルに並べた花火を見て、ペト様が感心した。


「はい! 夏の夜は、家族や友達で一緒に遊んだりするんですよ」


 ミチャも、いろいろな花火を手に取っては、興味津々で眺めている。


「あ、食べちゃダメ。これは花火」

「ナビー!」


 水もバケツにたっぷり用意した。新居は、耐火性能もバッチリにしてあるから、花火くらいで火事にはならないはずだけど、まあ、備えあれば憂いなし、だ。


「それにしても、カナ」

「はい」


 照明と三脚を立ててスマホをセットする私に、ペト様が言った。


「撮影する気、満々ですね」

「だって、せっかく3人そろって浴衣着たんだし、撮っておきたいじゃないですか!」


 絵に描けないなら、せめて動画や写真を残しておかないと!


 ペト様とミチャが見守るなか、テーブルの上に並べた花火から、手ごろなものを選んでみる。地面に置いて点火するタイプだ。花火セットに付属のライターで火をつけると、鮮やかな色の火花が噴き出した。


「ナビー! ナビー!」


 ミチャが、飛び上がりながら、うれしそうに歓声をあげる。おお、ウケてる、ウケてる。そして、案の定、自分にもやらせろアピールがはじまった。


「はい、準備オーケーだよ。火に気をつけてね」


 火はすぐについた。光の束が、勢いよく噴き上がる。


「ナビー!」


 ミチャが、満面の笑みを浮かべて、叫ぶ。


「小さいとはいっても、迫力がありますね」


 ペト様も、しきりに感心しながら言った。


 ミチャは、すっかり花火にハマった様子。今度は、3つ同じ花火を並べて、一度に火をつけようとしている。このままだと、ミチャが全部の花火を片っ端から使ってしまいかねない。ペト様にも1つ渡しておこう。


「はい、どうぞ。よかったら、ペーターもやってみて」

「ありがとうございます」


 ミチャとペト様が仲よく並んで花火をしている間、私は2人の様子を動画に撮ることにした。


 ミチャ、安定の美少女感。浴衣の花柄がとってもかわいい。ますますいろいろ着せたくなるなぁ。


 ペト様の浴衣姿も、まじヤバい。シンプルだけど、われながら秀逸なデザイン。私が撮影しているのに気づくと、涼しげな目でカメラに向けて微笑んでくる。


 ちょっとそれ、反則です。萌え死にそう。さっき、ドサクサで抱きついてしまったことを思い出して、今さらながら、照れる……。


 別の種類も試したいので、次に、手持ち式の花火を取り出した。ミチャに1本持たせて、火をつけてあげる。火の勢いはさっきほど強くないけど、何色もの光がまじって、とてもキレイだ。


「オー!」


 手持ち型もお気に召したらしい。ミチャは、両手に1本ずつ持つと、私に火をつけるよううながした。ワクワクした表情が、またカワイイ。


「あんまり走り回らないでね」


 ミチャはわかったのかわからないのか、うなずいてみせたものの、2本とも火がつくと、そのままグルグル回りはじめた。ああ、うん。回転するなとは言ってないしね。


「ホー! ナビー!」


 ミチャは、上機嫌で歓声をあげながら回っている。


 あれ? ミチャさん、なんか地面に足が着いてない気がするんですが……。


 思ったとおり、ミチャは高速回転しながら、ヘリコプターのように浮上していた。でも、30センチほど浮いたところで花火が消える。


「ナビィ……」


 よしよし。やりたいことはわかったよ。


 私は、もう一度ミチャの両手に花火を持たせて、火をつけてあげた。大よろこびのミチャが、竹トンボみたいに回転しながら、一気に高く舞い上がる。


「ホホー! ナビー!」


 まあ、飛んだらダメとも言ってないしね。花火のやり方として、いろいろおかしいところはあるけど、楽しそうだし、いいか。


 かなりたくさんあった花火も、ミチャががんばった(?)おかげで、残りわずかになってきた。あとは手持ち式のが2、3本と線香花火くらいだ。


「カナ、自分ではあんまり花火やっていませんね」


 ペト様が、気を遣って、花火をとってきてくれた。慣れない下駄のせいで、ちょっと歩きにくそう。


「そんなことないですよ。それに、撮影するのも楽しいし」

「今度は、私も、カナを撮らせてもらえますか?」

「え? 私を? なぜ?」

「カナに毎日浴衣を着てもらうわけにはいかないでしょう。あとで観られるように撮っておかないと」


 そう言うと、ペト様は、三脚スタンドに固定したスマホを取り外した。


「なんか、恥ずかしいなぁ」

「浴衣、とても似合ってます」

「日本で花火を観に行ったら、浴衣の女の子なんて、いくらでもいますよー」


 まあ、あなたにそんなこと言われて、もちろん悪い気はしませんけど……。


 私は、残っている手持ち式の花火をミチャと仲よく分けあって、火をつけた。


 ミチャは慣れてきたのか、もう大騒ぎはしなくなったが、火がついてから消えるまで、食い入るように花火を見ている。いつの間にか、あたりはすっかり暗くなっていた。ミチャのいつになく真剣な顔が、花火の光に照らされている。


「きれいだね」

「キレーダネー」


 ふとペト様のほうを見ると、スマホから目を移して、私を見ていた。まるで撮影しているのを忘れたように。ひょっとして、見つめられてる……?


「ええと、ペーター、どうかしました?」


 浴衣、着くずれちゃったかな?


「いいえ! ごめんなさい。なんでもありません」


 ペト様は、すこし照れたように、視線を落とした。


「ペーーーターーー!」


 不意に、ミチャがペト様のもとに駆け寄っていき、スマホをねだっている。


「ミチャも撮りたいんですね。じゃあ、交代してもらいましょうか」

「ホー!」


 ペト様は、何本か線香花火をとって、1つを私に渡してくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして。火をつけますね」


 私がしゃがみこんだので、ペト様も並んでしゃがみこむ。隣にいると意識してしまって、ペト様の顔が見れない。2人とも、黙ったまま、線香花火を眺めていた。


 小さな火花を放ちながら、燃える線香花火。先に私の花火が、すぐ後にペト様の花火が、ポタリと地面に落ちて消える。


「ちょっと地味ですけど、私、けっこう好きなんです」


 私は、もう1本ずつ火をつけながら、言った。


「はい。繊細な光が、きれいですね」


 すこしずつ勢いを増す花火を見ながら、ペト様が言う。


「花火といえば、騒がしいものと思っていたんですが、手に持って楽しめるなんて、意外でした」

「ヨーロッパでは、派手な花火が多いって言ってたね」

「そう、お祭りのときですね。屋外で芝居や曲芸をやったり、食事やワインが無料でふるまわれたり、大騒ぎになるんです」

「へえー! 無料で!? 楽しそうだな」


 明るい火花が、現れては消えていく。その光に照らされるペト様の横顔。


「いや、どうでしょう。よっぱらいやケンカや……見るに堪えないこともあります」

「ああ、ペーター、そういうの嫌いそう!」

「よくわかりますね」


 ペト様が笑った。


「私は、日本の花火のほうが、何倍もいいと思います。こんな風にゆっくり話しながら、楽しめますし」


 私のほうに顔を向けたペト様と目が合う。なんか恥ずかしいけど、目が離せない……。


「ホー!」


 2人で話しているところへ、ミチャが撮影した動画を得意げに見せにくる。慣れたもので、私たち2人が線香花火をしている様子が、うまい具合に映っていた。


「ミチャは、撮影がうまいですね」

「ホー!」


 通じてるのかはわからないけど、ミチャがうれしそうにこたえた。


 それにしても、自分からペト様と私を撮ってくれるなんて、ひょっとして、気を遣ってくれてる? いや、ミチャだしなぁ。それはないか……。


 残った線香花火は、3人でゆっくり楽しむことにした。

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