第28話:夏は浴衣
「疲れていませんか? 眠っていてもいいですよ」
ペト様が、気を遣って声をかけてくれた。「空飛ぶ船」は、私たちの新しい家に向かって飛んでいる。ペト様によると、まだ30分ほどかかるらしい。ミチャは、湖を出発してからすぐに寝落ちしていた。
「ううん、だいじょうぶ。起きてます!」
湖にはかなり長いこといて、かたづけを始めたのは、そろそろ日が傾きかけたころだった。いっぱい遊んだので、ちょっと疲れていたのはたしかだけど、操縦してもらってるのに自分だけ寝るのは、なんか失礼な感じする。それになにより、寝てしまうなんてもったいない!
「カナ」
「はい?」
「今日は、湖に誘ってくれて、ありがとうございます。とても楽しかったです」
「こちらこそ! 連れてってもらって、ありがとうございます。また行きたいです!」
「はい、喜んで!」
ペト様の操縦するPY37γ5(仮)が向かう先には、ピンクと紫に染まる夕暮れの空が広がっていた。
◇
夏の夜といえば、やっぱこれよね!
河原に置いたテーブルの上には、ホームセンターとかで売ってそうな花火セットが3組。花火大会みたいな大型のだと目立ってしまうので、こじんまりとした花火にしてみた。問題なく火がつくことも、線香花火でチェック済み。
ペト様には、夕食のとき、提案してみた。
「花火、ですか?」
花火は一度しか観たことがなくて、あまりピンと来ないらしい。なんでもペト様が知っている花火は、祝宴などのときに、権力者が自分たちの力を誇示しようと、派手に打ち上げさせるものなのだそうだ。
「日本にも、大きな花火はありますけど、そういうのじゃなくて、もっとおとなしいやつです」
「そういう花火があるんですね。見てみたいです。ぜひ、やりましょう!」
隣では、ミチャが、大きめの焼肉をおいしそうにほおばっている。新居もすぐ前が川なので、私がバーベキューにしようと提案したのだった。
「オイシー!」
「ミチャ、よかったね~!」
この子の食欲には、ほんとうに感心する。1人で私たち2人の倍は食べてそう……。
「こうやって外で食べるのも、楽しいですね」
「うん! ペーターにそう言ってもらえて、よかった!」
◇
バーベキューの後は、昨日から用意してあった浴衣を出して、ミチャと一緒に着替えた。
ミチャはかわいらしく、白地に赤いツバキの花柄。私は、水色の地に薄緑のアサガオをあしらった柄で、ちょっとお姉さんっぽいデザイン(実際、お姉さんだし!)。髪も、夏らしく、おそろいでアップにしてみる。
浴衣は、中学のころ、おばあちゃんに教わったきりであんまり自信なかったけど、けっこううまく着られたかな。ミチャは浴衣がことのほか気に入ったらしく、いろいろポーズをとって、その度にスマホで撮れとうるさい(笑)。
「カナ! ミチャ! とても綺麗ですよ!」
「ほんとですか? がんばった甲斐がありました!」
「これが、さきほど言っていた、ユカタですね!」
「はい。日本の伝統的な着物です」
ペト様もうれしそう。女の子の浴衣姿は、外国で受けると聞いてたけど、手ごたえ、予想以上だわ、これは。
「ユカタ、とても素敵ですけど、男性は着ないものなのですか?」
やっぱりそう来ますか。ていうか、待ってました!
「ううん、そんなことなくて……。実は、ペーターにも、用意したのがあるんだけど」
「それはうれしい。着てみてもいいですか?」
「あ、うん。もちろん!」
最初に提案しなかったのは、私が着せてあげないといけないから。男の人に着せたことはないけど、慣れない人だと、うまく着るのって難しいはず。でも、着せてあげるとなると……。
私たちは、ペト様の着替えのため、いったん家に戻ることにした。用意していた木綿の黒の浴衣を取り出す。背の高いペト様にはシンプルな浴衣が絶対似合う! と思って、帯も下駄も団扇も、落ち着いたデザインにしてみた。
「どうやって着たらいいんでしょう?」
玄関で目の前に浴衣一式を並べると、ペト様が尋ねた。
「じゃあ、手伝いますね」
「お願いします」
「浴衣はね、下着の上に直接着る感じになるので……」
「えっ」
ちょっと驚くペト様。まあ、そういう反応になるよな。私も、恥ずかしくて、思わず視線をそらす。
「なるほど。下着ですね。わかりました」
私は、調光用のスライドで、玄関の照明をすこし落とした。こんな感じかな。暗いと、なんかドキドキする。
ペト様は、いさぎよく(?)着ているものを脱いで、下着姿になってくれた。スマホをもって撮影しようと待ちかまえているミチャに、まだ撮影しちゃダメ、とジェスチャーで伝える。
男の人に着せるのは初めてだけど、ペト様が要領よく対応してくれるおかげで、案外すんなり終わった。長身の背中のシルエットに黒の浴衣。キュッと締まった帯の近くまで伸びる、すこし巻き毛がかったブロンドの髪。いや、完璧ですわ!
「とても着ごこちがいいですね」
「よかった」
その瞬間、私は、思わず後ろからペト様に抱きついてしまった。
「カナ?」
「とっても似合ってます。かっこよすぎ」
「カナが素敵な服を描いてくれるからですよ。ほんとうに、日本に行くのが楽しみになってきました」
うん。一緒に、行きたいです。
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