第26話:過去と未来
「私、ペーターは、元の世界でお医者さんをしてたんだと思ってました」
ペト様は、口のなかがいっぱいなので、人さし指を横に揺らしながら、「ちがう」という合図をした。
気がつくと、ミチャはいつの間にか、5つあったうちの最後のケバブを手にとっている。早っ!
「オイシー!」
はいはい、そうですか。よござんした。
「カナの情報も、外れることがあるのですね」
「それは、しょっちゅうですけど……」
でも、こればっかりは、外れるはずないんだけどなぁ。
「カナは、将来どんなことをしたいのですか?」
「私、ですか」
担任や親に聞かれて一番困る質問だ。そりゃ、一生絵を描いてすごせたら、とか思うことはある。それができたら言うことないけど。仕事としてやっていくのはすごく大変だろうし、そこまでの才能ないこと、自分でもわかってる……。
「やはり絵を描く仕事でしょうか?」
ギク!
「いえ、私、そんな才能ないから」
「才能、ですか」
ペト様は、すばらしいスピードでケバブを平らげていくミチャの様子を眺めていた。
「自分のもつ才能が、はっきり目に見えたらよいのですけどね」
「目に見える?」
「才能があるのに伸ばさないのは、残念なことでしょう?」
「うん、そうですね」
「でも、才能がないのに努力だけ続けるのも、むなしい」
「ああ、なるほど」
よくわかる気がする。
「最初から『お前の才能はこれだけだ』と誰かがはっきり教えてくれたら、苦労しませんよね」
「でも、ペーターなら、なんだってできちゃうでしょう?」
「とんでもない!」
お。なんか本気で否定してる。
「お恥ずかしい話ですが、学生のころ、しばらくの間、詩を作るのに熱中したことがありました」
「へえ、詩ですか」
『チェリ
「はい。かなりまじめに努力したつもりですが……」
「ですが?」
「芽が出ませんでした。あるとき、自分の書いた詩を読み返して、あまりにひどい出来だったので、自分に心底腹が立ってきたんです」
「ペーターにも、そんなことあるんだ!」
「もちろんです。でも」
ペト様は、ちらりと私のほうを見て、続けた。
「気づいたら、もう必要なくなっていたので、それっきり詩はやめました」
「必要って?」
「若い男が詩を書き始めるきっかけなんて、だいたい一つしかありません」
「というと?」
「『モテたい』ということですね」
「なるほど! フフフ」
ペト様が「モテたい」ために詩を書こうとしている様子を思い浮かべると、けっこうジワジワくる。
「詩をやめたってことは、モテたいと思わなくなったの?」
「いえ、そんなことはありません。ただ――」
ちょっと照れた様子で、ペト様は言葉をつぐ。
「とても気になっている女性がいて、詩を捧げるつもりでしたが、婚約が決まってしまったのです」
「え! 失恋ですか?」
「まあ、そんなところですね」
ペト様が想いを寄せた女性って、どんな人だろう? きっとイザベラ・デッラ・スカラみたいな超絶美人だったんだろうな。でも、ペト様の昔の恋バナが聞けるなんて、ちょっと得した(?)気分。
「絵を描くの、もちろん、好きです」
私は、話題を戻した。
「仕事にするのはムリでも、ずっと描き続けていきたいなとは思ってます」
「カナの描く絵、私は好きですよ」
もうっ、いきなりそういうの、マジ照れるから! もっと言って!
「あ、ありがとう……!」
「お世辞ではないですよ。絵の良い悪いとかは、正直よくわかりませんが、なんというか、描かれている世界が伝わってくるような気がするんです」
「うれしいです」
前にも似たような感想を聞いた気がする。
「そんな風に打ちこめるものがあるのは、うらやましいですよ」
ペト様は、そう言いながら、うなずいた。ああ、なるほど! そういうことか。
ようやく理解できたかもしれない。
私がこの世界に召喚したのは、イザッコ率いる海賊たちに囚われていた時期のペト様だ。若くして
自分を救ってくれた島民たちと穏やかな生活を送っていたペト様だったが、ある日、自分を慕っていた娘が病に倒れ、看病したことをきっかけに、自ら閉ざしていた医術への道を再び歩み始める。独特の診断術や治療法はキティラ島を越えて知られるようになり、いつしか彼は、キティラ島の別名から、「チェリゴの
でも、ラノベ原作の時系列からしたら、ここにいるのは、占星医術師になる前のペト様だ。そう考えれば、「医者になるのをあきらめた」というのも不思議じゃない。
「ペーターも」
私は、ペト様の顔を見つめながら言った。
「きっといつか、打ちこめるような何かが見つかるんじゃないかな」
ペト様は、少し驚いたような表情をしたけど、すぐに笑顔を浮かべて、こう答えた。
「だとよいですね……。ああ。でも今は、はっきりした目標がありますから」
「目標?」
「はい。カナを守ること、です」
もう。最高かよ。
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