第25話:好評のケバブ

「カナ、これ、すごくおいしいですよ!」


 ペト様は、私の用意してきたランチを一口食べるなり、驚いたように声をあげた。


「そう? よかった!」


 ちょっとがんばったのは、たしかだけど、そこまで喜んでもらえるとは!


「オイシー!」


 ミチャも気に入ってくれたらしい。さっきはショゲてたけど、もうすっかり元気になっている。


 ランチを用意した、といっても、いつものとおり、絵に描いたもの。ただ、それだけだとさびしい。そう思って、あえて「もうひと手間」加えてみた。何種類かの野菜を描いて家庭菜園(?)を作り、「朝摘み」の素材を使ったというわけ。


「この赤い野菜は、トマトというのでしたね」

「はい、そうです!」

「この料理も、日本のものなのですか?」

「これはちがう、かな」

「どこか異国の料理なのですね」

「ですね。ケバブといって、たしかトルコ料理のはず」

「ほう……トルコ……」


 一瞬、ペト様の表情が、曇った。


 去年の文化祭の打ち上げで、アニ同の仲間と、隣県の街に遊びに行ったとき、たまたま食べたケバブがメチャクチャおいしかった。香ばしいピタパンのなかに、ジューシーな肉とシャキシャキの野菜がたっぷり入っている。なんかいい感じにスパイスも効いていて、クセになる味。あまりにおいしかったので、後日ナギちゃんを誘って、もう一度食べにいったくらいだった。


 あの味を思い出しながら、作ったケバブ。「なんかいい感じ」だったスパイスまで、われながら、かなりの再現度。味は気に入ってもらえたみたいだけど……。


「トルコ人がこんな料理を食べていたとは……。知りませんでした」


 なんか複雑そうな顔をしている。待てよ。トルコ人といえば……。ペト様が囚われてたイザッコって、トルコの海賊だったっけ。あまりいい記憶がないってことか。


 ケバブ屋のおじさんは気前がよくて、いろいろジョークを飛ばしながら、大盛のサービスまでしてくれた。『チェリせん』の海賊たちとは、頭のなかでうまく結びつかない。


「あ、あの……」


 なんか話題を変えなきゃ。ええと、なにを話そう?


「ペーターって、どうして医学を学ぼうと思ったの?」


 なに聞いてんだ、私!? ペト様は、不思議そうな顔で私を見ている。


「カナに、そんな話、していましたっけ?」

「あ、いえ! でも、ボローニャでは、天文学と医学を学んだんですよね?」


 完全に意表をつかれて、ペト様は戸惑っているらしい。とりあえず話題は変えられたから、まあいいか。


「驚きましたね。カナは、ほんとうに、なんでもお見通しだ」


 そういうと、ペト様は微笑んで、ケバブをもう一口食べた。


「そうですね。医学を学んだ理由は、苦しんでいる人を助けたかった、ということでしょうか」


 おお、なんと立派な動機!


「……というのは、ウソですが」


 ウソなんかい!


「そ、そうなんですか?」

「少なくとも、半分は」


 ペト様は、少しバツが悪そうな顔をした。


「人助けできると期待したのはほんとうです。でも、今思うと、人助けにはあまり興味がなかったのかもしれません」


 そういえば、『チェリ占』で描かれるペト様は、知る人ぞ知る「占星医術師イアトロマテマティクス」だけど、普通の病人を相手にすることはあまりない。カネか、権力か、それともその両方をもった、ひと癖もふた癖もある「依頼者」ばかりだ。


 彼ら・彼女らのかかえる問題も、どちらかというと自分でまいた種っぽい病気や事故だったり、なにかの悪だくみのため、誰かの病気を利用することだったりと、たしかに「人助け」という感じじゃない話が多い。


「だから医者になることは、あきらめたのです」

「なるほど、そうだったんですね……え?」


 いや、なに納得してるんだ、私。おかしいだろ。そんなはずは……。


「そう決めたら、気が楽になりました」

「待って……。医者になるのを、あきらめた?」

「はい。ご覧のとおり、です」


 そう言ってペト様は、自分の胸をたたき、微笑みながらケバブの残りをほおばった。これまたなんか、絵になるんだなぁ。


 けど、問題はそこじゃない。

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