第24話:危険な遊び方はやめましょう

 私たちが着陸したのは、大きな木の陰になっている入江の岸だった。風はおだやかだけど、けっこう波がある。


「ミチャ、お待たせ!」

「ウー!」


 ミチャは、私たちが来るのを待ちかまえていた。キャッキャと飛び跳ねていたかと思うと、大声でなにか言いながら、水に突進する。


 これはまた、なにかやるつもりだな。


 そう思う間もなく、ミチャは、抱えていた浮輪をフリスビーのように勢いよく放り投げた。浮輪は、空気抵抗など存在しないかのように、湖面と水平に滑空する。


 それと同時に、ミチャの体も宙を舞っていた。舞うというより、高速でスピンしながら、空中を真横にふっ飛んでいる。まるでミサイルみたいに。


 ああ、ムチャするやつだな(ミチャだけに)。


 ミチャの体が少しずつ水面に近づいたと思うと、急旋回して飛んできた浮輪が、しっかり受け止める。


「ミ・ズゥ・ミー!」


 歓声をあげるミチャを乗せ、浮輪は水上を疾走する。


 はいはい。これを私たち2人に見せたかったのね。ま、こんな感じと思ったわ。日本のプールか海だったら、速攻でつまみ出されるやつね。


「ミチャ! すごいですね!」


 ペト様は、で驚いている。ミチャのほうもご満悦の様子で、浮輪の上から私たちに手を振った。いやまあ、すごいっちゃあ、すごいんだけど。超能力の無駄遣いっていうか、なんというか……。


「よし! じゃあ、私たちも、泳いじゃいますか!」


 私は、ペト様を誘った。陽射しが強く、水に入るには絶好の天気だ。


「カナは、どこで泳ぎを覚えたのですか?」


 水際に向かって歩いていたペト様が、不意に尋ねる。


「えっと、最初に泳げるようになったのは、小学校の授業だったかな?」

「学校、ですか!」


 ペト様は、びっくりした様子だった。


「え、なにかおかしいですか?」

「日本では、学校で、しかも女性に、泳ぎを教えるのですね」


 ああ、そっちね。ペト様が、水着姿の私をまじまじと見る。


「というか……」

「はい」

「学校の授業でも、その……こういう水着を着たりしたのですか?」


 ペト様は、少し恥ずかしそうに、目をそらせた。


 なんですか、その仕草。かわいすぎる!


「あ、いえ! 学校のは、もっとジミ~なやつでした」

「ジミ~ですか。それはそれで、見てみたかったですね」

「え?」


 まさか、ペト様、スク水に興味が?


「どうしてもというなら、次は、学校で着てたような水着にするけど……」

「いえ、そういう意味ではなくて……」


 ペト様は、ちょっとはにかんで、顔を赤らめた。うーん、どういうこと?


「もちろん、今着ている水着も、とても素敵ですよ」

「あ、ありがとう……」

「でも、なんというか……。カナの水着姿を、ほかの男子生徒が見ていたかと思うと、ちょっと嫉妬してしまいますね」


 なんかすごいことを、サラッと言われた。


「えー? 私の水着姿なんか、誰も見てなったですよぉ!」


 ミチャはいつの間にか、次の遊び方を楽しんでいた。どうやら、自分のまわりを空気のカプセルで包んだまま、水中に潜ったり、空を飛んだりしているらしい。


「水、冷たくて気持ちいいですよ」


 そう言うと、ペト様は、ちょっと助走をつけて、まっすぐ湖に飛び込んだ。予想どおりの華麗なフォーム。しかも、速い。波間を縫って泳ぎ、見る見るうちに50メートルほど岸から離れてしまった。


「カナもどうぞ! 気持ちいいですよ!」

「ムリムリ! そんな遠くまで泳げません!」


 カナヅチではないけど、泳ぎはそんなに得意なほうじゃない。むしろ、泳ぐペト様を眺めていたかった。


 でも、ペト様のこんな姿を見てると、無性に絵が描きたくなるのよね。描くわけにはいかないのだけど……。


 私も、ちょっとだけ泳いでみた。わりと遠くまで浅くて、足はつくけど、波がけっこうあるのでちょっと怖い。


「かなり波がありますね」


 すぐ近くまで戻ってきたペト様が言った。湖水で濡れた体に、太陽の光が反射している。


「ですね」

「それにしても、ミチャの姿が見えませんが?」

「ああ。たぶん、どこかに潜ってるんじゃないかな」

「なるほど、水のなかですか」


 と、そのとき、私とペト様の背後ですさまじい音がした。大量の水しぶき。爆発でも起きたみたいな波と衝撃音で、私たちもコケそうになる。


 振り向くと、跳ね上がった水が巨大な柱になっていた。降り注ぐ水が湖面に消えるまで、ゆっくりカウントできるほど時間がかかる。


「もう、ミチャ!」


 本人の姿は見えないけど、そのあたりにいるにちがいない。さっきから聞こえていた派手な水しぶきの音は、これだったか。


 ひとしきり波がおさまったところで、近くの水面からミチャが姿を現わした。ケラケラ笑いながら出てくるかと思いきや、自分の立てた音にびっくりした様子で、目を丸くしている。


 自分で驚くくらいなら、最初からすな!(おこ)


「ミチャ」


 ペト様は、呆然としているミチャに近づくと、ゆっくりと語りかけた。


「あまり大きな音を立てると、また危ない人たちに見つかってしまうかもしれません」


 ごもっともです。


 意味がわかったのかどうかは不明だけど、ミチャは反省したのか、小さくうなずいて、泣きそうな目で私の顔を見た。


 そんな目で見られても、さ。もう、いちいちカワイイやつだな。


「よし、ミチャ。いっぱい動いたから、なにか食べて休憩しようか?」


 ペト様も同意してくれた。ミチャを優しく抱き上げ、肩車をしてあげる。ミチャは、うれしそうだ。


「よかったね~!」

「カッタネ~!」


 うむ。美男と美少女、絵になる。


 ああ。この光景、撮影したかったな。「空飛ぶ船」にスマホを置いてきたのが悔やまれる。

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