第20話:見覚えのある光景
垂直方向の飛行――というより落下――は、水平方向の飛行に負けないくらい、気持ち悪い。
「ミチャ!」
返事はない。
ミチャは、私たちに抱きついて顔をうずめたままだ。能力使いすぎて、気を失った? 命綱なしのバンジージャンプかよ!
ペト様に声をかけたいけど、言葉が出ない。加速しつつ落下するあいだ、耳もとで空気が、ゴーッと大きな音を立てる。
これで終わりか。せめてもの救いは、最期のときまで、ペト様と一緒だったこと……。
「カナ!」
「ペーター!」
待って! こんなとこで死にたくない! ん?
イージゲンチャ オナーラナイーニョ♪
「ミチャ?」
気のせいか、『俺ギリ』主題歌のメロディが……。
私とペト様の腕にぴったり顔をくっつけながら、ミチャが鼻歌を歌っている!
気がつくと、私たちが落ちていく先に、深い暗闇がぽっかり口を開いていた。こんなのなかったはず。これ、ミチャが能力を使ってるってこと?
私たちはこの穴に飲み込まれた。速度はぐっと落ち、ほとんど静止する。地面より10メートルは降りたところで、ようやく、足が地面に着いた。
「ウフフフ!」
ミチャが顔を上げて、小さな声で笑った。いたずらがうまく行って喜んでいる子どもみたい。
「もう、なんの罰ゲームよ!?」
この方法は前にも使ったことがありそうだ。出会ったときのミチャの足の汚れを思い出す。
「これで追っ手の目をくらませたなら、いいんですが……」
暗闇のなかで、ペト様は心配そうに顔を見上げる。私たちの頭上には、丸い穴がぽっかり開いて、光が差し込んでいた。彫りの深いペト様の顔立ちがいっそう引き立って見える。なんて神々しいお姿!
◇
「ハア……。無事に出られて、よかったー!」
30分くらいだろうか。暗い穴のなかで様子をうかがってから、おそるおそる外へ出た。
敵の姿は見えない。私たちの服がすっかり泥で汚れている。3人で顔を見合わせて笑った。出かけたときは、新品同様の服だったのに...。
「上から攻撃でもされていたら、助からなかったかもしれませんね」
「ペーター、怖いこと言わないで!」
私たちは、ひとまず家に戻ることにした。なんにしても、間一髪で助かったのは、ミチャの能力のおかげだ。お昼はおいしいもの食べさせてあげなきゃ。
最初はうれしそうに歩いていたミチャも、途中で力尽きたようだ。ペト様が、お姫様だっこして連れていく。ペト様の胸を枕のようにして、ミチャは眠ってしまった。
う、うらやましくなんかないもん!
それにしても、勢いよく飛んでくれたおかげで、遠いところまで来てしまった。
家のある方角はだいたいわかる。太陽の位置を見て、ペト様が進む方向を決めてくれた。なだらかな丘の向こうに、少しだけ森らしい緑が見えているけど、まだ何キロもありそうだ。この近くはあまり木もなくて、日陰がほとんどない。
「のどが渇きましたね」
ペト様が言った。
「うん、すごく渇きました。穴から出てきた後、ミチャにもうひとっ飛びしてもらうんだった」
「ぜいたくなことを言いますね。命拾いしただけでも、よしとしましょう」
「それはそうだけど……。空飛ぶ船、1台あったらいいのになぁ。今度から散歩のときは、紙とペンもってくる……」
それにしても、あの連中、誰なんだろう? 姿は見えなかったけど、敵意があることは間違いなさそうだ。でなかったら、ミチャもあんなに怖がったりしなかったはず……。ミチャは、一人で、あいつらから何日も逃げてたのかな?
「よく眠ってますね」
私がミチャのことを見ていたら、ペト様が微笑ましげに言った。
「うん。能力使いすぎて疲れたのかな」
「カナも、たくさん描くと疲れますか?」
「私? それはないですね」
「それはよかった」
「なにを描くかにもよるけど、逆に元気が出ることもあるくらい」
「ほう。どんなものを描くと元気が出るんでしょう?」
「え」
いや、それは、もちろん、あなたの絵とかですけど……。
「その……まあ、いろいろ」
「おや、ごまかそうとしてますね。ますます聞きたくなる」
「それは、また今度詳しく、ね?」
「家に着くまで、時間はたっぷりありますよ」
まずい話の流れになってきた。なんか話題を変えないと。えーっと……。あれ?
「ちょっと待って。この場所」
「カナ、ごまかされませんよ!」
ペト様、ちょっと楽しそう。いや、でも、ほんとにごまかそうとしてるんじゃなくて……。
「私、この場所、前にも来たことがあるかも」
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