第19話:空飛ぶ船、再び
「水がないからって、歩きやすいとはかぎらないんですね」
ペト様は、そう言いながら、けっこう楽しげだ。川底は石だらけで、なんどもコケそうになる。私が苦労しているのを見て、ペト様はすっと手を差しのべてくれた。
「あ! だ、だいじょぶです」
うれしいのに、つい断わってしまう。なぜだ、自分?
「気をつけてくださいね」
「ありがとう」
昨晩の電話を思い出す。力のおよぶかぎり、私のことを守ってくれる、なんて。こうして推しが一緒にいるだけでも信じられないくらいうれしいことなのに……。もうひたすら尊い。尊すぎる。
でも――いつまで一緒にいられるんだろう……? 私もいつかは元の世界に帰っちゃうのか? そのとき、ペト様は……?
そんなことを考えながら、ようやく川を渡り切った。
「カナ、ケガはないですか?」
「はい。だいじょぶです。足、ちょっとグネりそうになったけど……」
ミチャの手足にあちこち傷があったのも、納得いく。こんな無茶な方法で移動してたら、かすり傷くらいできるのもむりない。
目の前の丘の斜面を、ミチャが勢いよく駆けあがる。そっか、丘の上に咲いてた水色の花が見たいんだな。案外、カワイイところ、あるのね。見た目も十分カワイイけど。
私たちは、ミチャの姿を目で追いながら、ゆっくり丘をあがっていった。
「あ」
丘の上にたどりつくと、ペト様は、驚いて声をあげた。
その視線の先にいるミチャは、水色の花を眺めて――いるのではなく、花の前にしゃがみこみ、猛烈な勢いでなにかを口に詰め込んでいる。草の実を食べているようだ。
食い物かよ! ていうか、朝食だって死ぬほど食べたでしょうが……。さっき心のなかであげた「カワイイ」、返せ!
ミチャは、私たちを見つけると、実を食べる右手の動作はとめずに、左手で手招きした。
「私たちにも食べさせたいようですね」
「え。ペーター、まさか、お腹すいてる?」
「お腹は……そうですね、いっぱいですが」
そう言いながら、腰をかがめて、ペト様は、ミチャの食べている実を口に運んだ。そうですか。あなたも食べますか。
「どう?」
「これは、たしかにおいしいですよ。カナも試してみて」
そこまで言われちゃしょうがない。遅めのデザートといくか。
濃い紫色の実だった。噛んでみると、スイカを凝縮したような甘さが口のなかに広がり、少しシナモンに似た淡い香りが残る。うまい。グミくらいの柔らかさで、食感も悪くない。
「なんというか、クセになりそうな味ですね」
「ですです!」
そういえば、この世界に来てすぐ、見知らぬ木の実を食べて飢えをしのいだなぁ。あのときは、毒があったらどうしようって心配だったけど、今回はなんといっても、異世界ネイティヴの好物だから、安心して心ゆくまで食べられる……。
いや、ミチャはそんな手ぬるくなかった。気がついたら、スカート広げてカゴ替わりにしながら、大量に摘んでいる! どんだけ食べるんだ!?
ていうか、パンツ見えちゃうから、やめれ!!
「カナ……この音」
急に、ペト様の表情がけわしくなる。
「どうしたの?」
「昨日の、空飛ぶ船と、同じ音です」
たしかに、なにか奇妙な音が響いていた。音というより低い振動という感じだ。心地のいい音ではない。
そのとき、周囲を見回している私とペト様の間を突っ切るように、ものすごいスピードでミチャが駆けてきた。スカートにためていた果物も投げ捨てて、走り抜ける。
「ミ、ミチャ!?」
ミチャは、私たち2人を振り返った。「なにしてるの、早く逃げないと!」とでも言いたそうな、恐怖におびえた顔をしている。
そのミチャのきれいな顔が、次の瞬間、こわばった。私たちの背後に現れたなにかを見つめながら……。
よく映画とかにあるパターンだ。振り返ると、バカでかい怪物が、ジャーンって出てくるやつ。
私とペト様が振り返って見たのは、意外にも、ずっと小さなものだった。小型のバイクくらい、ちょうど人1人乗ってそうな大きさで、太陽の光を反射しながら黒光りしている。
ただ、その数は想定外だった。ざっと50機くらいはありそう。すぐそこの山の向こうから、例の低振動音を発しながら、不気味な編隊を組んでいる。
この数、ヤバくない?
昨日の山中で見た、猛烈にえぐられた地面の様子が生々しく頭に浮かんだ。
「カナ!」
私をかばおうとするように、ペト様が駆け寄る。でも、それより早く、空飛ぶ機械が私たち2人に向きを変えた。
やられる? と思った瞬間、ミチャが大声をあげて飛び上がった。そう、文字どおり、飛び上がった。
「カナー! ペーター!」
強烈なめまいが襲う。目に見えない強い力で、体が水平方向に引っ張られた。
私とペト様は、飛び上がったミチャに続いて、ものすごいスピードで空を飛んでいる。自分ではまったくコントロールできず、顔もまともに動かせない。かろうじて視界に入ったのは、編隊を組んだまま宙に浮いている黒い機体だ。あっという間に視界のかなたへ消えていく。
なにが起こってるの?
横目で、ペト様が近くを飛んでいるのは感じるけど、顔を向けられないから、どんな状態かもわからない。すごい風圧で、息をするのがやっとだ。
そうか、これ、ミチャが私たちを飛ばしてるのか。なんていうんだっけ? テレポート? サイコキネシス?
突然、飛行速度がガクンと落ちた。私たち3人は、まだ宙に浮いている。このまま飛び続けたら、気分悪くなりそうだった。
「カナ? だいじょうぶですか?」
ペト様が心配して声をかけてくれる。体の向きを変えられないので、視界の端に姿が見えるだけだ。
「だいじょぶ。と思いたいですが……」
さっきいた山からは何キロも離れているのだろう。下を見ると、木や草はほとんどなく、乾いた岩がゴロゴロしていた。高さは、ざっと10階建てのビルくらいありそう。私は、高所恐怖症じゃないけど、やっぱり怖い。宙に浮かんでいると、いつ落ちてもおかしくないので、気が気でないし...。
すると、私たちの体の向きがぐるりと変わって、3人がお互いに顔を見合わせる状態になった。ミチャは、逃げてきた方向に目を向けている。恐怖のあまり、顔が青い。その点を除くと、空に浮かぶミチャの姿は、まるで天使のようだった(本物の天使って見たことないけど)。
「相手の意表を突いて逃げましたが、すぐ追いつかれるかもしれませんね」
ペト様が言った。今のところ、追っ手の姿は見えない。ミチャは、ペト様に答えるかのようにうなずいて、私たち2人を見る。その途端、3人はたがいに引き寄せ合うみたいに、ゆっくり近づいて、最後はピッタリくっついた。ペト様と私が抱き合い、そこにミチャがしがみつく格好だ。
ペト様、近すぎて、ヤバいんですけど…。
いや、それよりこれ、なに?
「ペーター! カナー!」
ミチャが大声で私たちを呼ぶ。その後もなにかしゃべり続けるが、意味はわからない。でも、なにか話すごとに、その小さな腕で私たち2人をギュッと抱きしめてくる。
「どうするつもりでしょうか?」
「うーん、なんでしょう……」
「なにやら、すごく悪い予感がするんですが」
「気が合いますね。私もです!」
その途端、私たちは急速に落下し始めた。
ミチャ、力尽きた? 足もとの地面が、あっという間に迫ってくる。
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